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2008年9月

2008年9月28日 (日)

カンディンスキー

カンディンスキーの作品を見たのは今は無い西武美術館でなんですがここで沢山の経験や勉強をしました。絵なんて勉強だとは思ってはいないのですが、好きなことは苦になりませんね絵を描いては見ては楽しんで30年位になりました。高校のとき堤さんが世界中から集めた作品がここに集まりカンディンスキー展が開かれました。あの時の感動は一生忘れられません。その後カンディンスキーが一番好きな作家であることは変わりないです。あの色彩と形その想像をかき立てるイメージの強さは強烈です。例えば富士山の絵は偉い人に強要されたような絵でこれは富士山だよって言われてハイと答える絵ですがカンディンスキーはそうではない自分のため人のためそんな気を起こさせる不思議な絵ですね。
この写真はまだ晩年のころではなくデッサウのころカンディンスキーが家の壁面や装飾を自宅にしていた頃でロシアにある絵です。抽象表現主義のころの堤さんが持っている?絵はもうどこかわからないみたいです。バブルが崩壊してからカンディンスキーの絵も無くなってしまったんです。またおりを見てカンディンスキーはお話します。
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オブジェ作りました。

また変な物を作ってしまった。前回スケッチした中でまた模索をしている。花のイメージになってしまったが立体で壷に花が入っているイメージです。プラスティックの粘土だけれど割と自分では面白いと思うがなんですか?って聴かれそうだ(笑)ヽ(´▽`)/でもこれの2作目を作りたいと思っている。これを更に真似しながら作って行きたいこの前の作品で花ではないのがあるのだがこの2つを合わせてみたらどうかなと考えているのだが?2008092714390000_2

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2008年9月27日 (土)

家はやはり好い物だ

やっと家に帰って来た。最近家に帰ってこなくなった。いつも車の中で寝ていて家の布団が恋しい。
先日栃木に行った時のトロッコの写真だけど曇っていたからよく解らないかもしれない。足尾銅山で使われた物らしいいろいろな所に行っても畳が恋しいのは自分だけではないみたいだ。群馬とかに1月あまり車で寝たりしたがさすがに疲れるいろいろな物も見れるが疲れはかなり多くなって来るやはり家は好い物だ。
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2008年9月23日 (火)

呪文

マイクオールドフィールドはこの作品を作った頃かなり自分が息ずまり作品も出来なくなって来たこれが呪文と呼ばれる作品である。この頃はプログレもあまり聴かれなくなりピンクフロイドが全盛の時代だがあとはそうでもなかった地道に発表を続けていた。かなりのノイローゼだったらしい。僕は毎日呪文を聴いていた。聴いても聴いてもあきないし聴けば聴く程新しい旋律が聞こえてきた。
この前僕が子供だったころと言う番組で芸術家くまさんが出て来たがくまさんのころと僕はよく似ていた僕はアパートの小さな倉庫によくいた。暗がりの中でぼーーとしていた。ボーーとしていないで働きなさいと言われてこないからまた困るがいじめられたのはそれかも知れない。くまさんは耳だが僕は食べ過ぎかも知れない今はもう白内障がかなり重くて絵が描けない時もあるでも手術で見えるようになり食べると絵が描けないそんな気持ちでいる。
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絵を教えていただいた先生は中学の時だった。学校に行かず気持ち悪いと言われ近ずくと女の子にいじめられた男もそうされた学校に行かず毎日ビートルズを聴いていた。ビートルズはぼくの暗い頃を思い出させるそのころ先生にあった先生の部屋に行きよく美術の本を読んだり見たりした楽しいそれだけだった。その時カキツバタやアヤメが部屋にありその花の絵を先生は描いていた。美人の先生で恋をしてしまった。でも無理だから諦めていたけどでもあれから30年変わらない毎日だと思う絵だけが残った生きることより絵を描きたい程好きだ。念願のマミヤのRB67を手に入れたでもこのカメラやっと安くなった買えない高くて手の届かないカメラだ。これで撮ると少し細長くなる6×6のブロニカに較べ少し大きくなる写真を撮ってるって感じだ。先生と別れてもう20年位だでも一生忘れないだろう中学のころは辛かったけど今もあまり変わらない辛いのは一緒だ幸せはあまり感じない。絵を描いて過ごしたい。Kakaku092

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2008年9月22日 (月)

アートに順位は必要か?

熊谷守一さんに会ったとき私は勲章はいらないとよく言いました。日本が戦争に負けたのに自分はつぐないすらできなくて戦争にも行かずとても自分が惨めだったのか会った時はとにかくそのいってんバリでした。
僕たちはこの先輩方の上に生きている訳ですが人が育んで来た歴史はもう忘れてしまうのでしょうか?
絵に対して順位をつけることが正しいか悪いかは解りませんが作ることを純粋に好きだった熊谷先生は勲章と言う日本最大の順位にも疑問を持ったのかも知れません、ビートたけしさんのアートの番組は順位を明らかにつけていますがアートに点数をつけていいのか?と思いますが、アートをそうしか楽しめない日本人の物悲しさをいつも思います。写真はこの前日光に行ったとき何気ないこの造形物に引かれ撮ってみました。順位など何もなく存在する不思議なオブジェです。
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2008年9月18日 (木)

ブロニカ-2

この前横浜に行った時の桜桜会の時の写真です。あまり人はいなくてでもこの辺関内は地元のお金持ちがいるからそれを狙っているのか?みんな芸大みたいですがノーコメントです。
桜桜と書いておうおう会というそうです。
明日から少し家からでるのでブログはお休みですがよく続いています。毎日書いている人が信じられません。でも2.3日に1回でもすごいねーーと。言われますが。。。。
前回のブロニカのサイトから写真をダウンロードしました。これはSと呼ばれる形でバネ式ですべて機械なので電池とか使ってません。これが中学のころ初めて手にした。1眼レフカメラでした。これで静岡の畑を撮ったのを今でも覚えています。あのころは偶然撮れたんだと思いますね。
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2008年9月17日 (水)

善三郎のゼンザブロニカ

ゼンザブロニカとの出会いは中学生の時であの林屋三平さんとの出会いの頃だと思います。父があそこの静岡市内のカメラ屋にゼンザブロニカがあるから買って上げるよと言いなんだかわからずに買ってもらいました。凄くうれしかったですねでも父が使いたかったって感じです。それから新宿のピンホールと言うところで大学の頃バイト代をはたいて二台目を買いましたね最初は全く撮れなくて露出計の使い方も解らず中学生で独学で何とか使いこなしてました。ゼンザブロニカはカメラです。善三郎さんが作ったからゼンザブロニカと言います。マジ。。。新宿でカメラ小僧が3人集まったときその一人が僕でゼンザブロニカを肩にかけていました。この3人の中から木村伊兵賞を撮った人がいてその方が何年か前に
NHKに出てアレーーあの人だとふとテレビを見てきずきました。新聞を地下鉄から上げる作業をしていて当時からしていたと聴きました。いまやデジタルカメラの時代彼はどうしているのでしょうか?性格はすこぶる生意気ですが(笑)ヽ(*≧ε≦*)φ
ゼンザブロニカはここをクリック

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2008年9月16日 (火)

ハーバードの卒業証書の飾ってある喫茶店にまた来ました。

もう百合もなくなってきましたね?百合がきれいに生けてある店があって描きましたが今日ハーバードの例の喫茶店で百合だと解ると言われこの株のタッチが違うところが芸術家だとかってなことをおっしゃるのでブログにのせてみました。100円のスケッチですがなかなかこれも置いておいても売れません。またそう思いながらフリーマーケットしようかななどと考えています。今日はハーバードの経営者の方とお話しました。あちらも好きなことをおしゃっていましたが絵を見て関心を持っていただいてうれしかったです。
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2008年9月15日 (月)

飯田橋のオムライス

飯田橋の厚生年金病院に子供の頃よく行きました。そこのオムライスがおいしくて2年位前に近くに来たので懐かしくて行ったんですが健在でした。でもその時オムライスは食べなかったですね今度食べにいきたいです。病院のお食事って感じですが食いしん坊の僕がお気に入りで今でも覚えています。そんな話をパスタ屋のグーさんと話しながらパスタやオムライスってなんか似てるねなんて思いました。(写真はグーさんの中)
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小学生のころ飯田橋の交差点におまわりさんが立っていて箱の上に乗っかって車の行き帰りをしている姿がつい最近のようです。あのころから絵を描いていて高井戸の絵の教室に通っていました。あのオムライスの鮮やかさが好きでしたねああゆう色合いって優しさを感じます。暖色と言いますがそれではないでしょうか?ミロとかシャガールはそんな暖色を感じますね。

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古い問屋街

この前横浜に行ったときキムチ汁を食べたところの近くの市場にいっぱいこういう問屋さんがあって何か懐かしいのでゼンザブロニカで撮ったりしました。最近オールウエーズとか言う映画があったみたいでそんな面影があります。昔の中華街もこんな感じみたいだったらしいです。赤煉瓦なんかはのこりましたがこういうのは残らないと思います。近くはみんなマンションでだんだん縮小されていますね。  
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2008年9月14日 (日)

ニコンエフ60

サクラコカフェの玄関の写真がまだあってそれが素敵な写真でまたのせてしまいました。
玄関のところに子供の遊び場があってそこに男の僕一人だと知らず知らずにやはりおかーーさんがたが帰ってしまうようできがかりですがみなさん明るい顔で迎えていただいてます。板橋は子供の数が増えているみたいでままさんもおめでたみたいです。またきょうはグーーにいって近くでこの前の横瀬さんの写真を写真の木村に出していたらつい1800円のアナログカメラがあってつい安いので買ってしまいました。ニコンエフ60ですがグーさんで調子をみたらすこぶる調子が好いですね。アナログは人気がないのが寂しいですが買ってシャッターを押すたびに喜びが出ます。
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2008年9月13日 (土)

版画.彫り完成

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近くの公民館で工作室を借りて版画の彫りの制作完成しました。(*^ω^*)ノ彡
それからおとなしく家で寝てました。
( ̄▽ ̄)
この前長野に行った姨捨の駅の写真が残っていたのでのせます。
この時は夏休みでこんなとこ人が来るの?って感じでしたがもう秋ですからもう何か懐かしいです。
このとき長野に池田満寿夫の美術館があるので行ってみたいなーーーなんて思ってパンフはあるけど
そのままです。池田満寿夫さんには会えなかったですが言うことがすごく好きでそこの美術館には足を伸ばしたいです。

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2008年9月12日 (金)

サクラコカフェ久しぶりに行きました。

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板橋の桜子カフェを訪問sakulakocafe は以前アクセサリーを飾っていただいたお店です。美人の素敵なママさんが経営してます、ここの手作り小物が好くて買ってますがもろ女ものです。僕は女物を持つ男で財布はキティーだったり袋はミフィーだったりします。(v^ー゜)ヤッタネ!!
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あたらしい人形また作りました。これを回転台にのせてぐるぐる回す計画です。ステージを作りたいと思っています。
これに演歌バージョンがあったらなどとまた考えています。

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2008年9月10日 (水)

横浜の芸術の高さを感じました。

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寺田さんの個展終わりました。いろいろな人が見にきたみたいです。
きのうは一日横浜にいました。横浜の神奈川区に近い横浜の魚市場に古い商店が並ぶ一角があってそこの韓国の人がしている料理やさんで昼をしたんですがキムチ汁がおいしくてまたそのお店のおばちゃんが呼び込みみたいに店の前にいて他の人は呼び込みみたいなのでみんな隣のコンビに行ってしまいおばちゃんのところに来ないからかわいそうと思いつい食べたのですがおいしいです。でも糖尿なんで食べられないからといってがまんしておばちゃんと少し韓国なまりの日本語でお話しました。それから横浜の関内でぶらぶらして一日過ぎてしまいました。横浜ビエンナーレに以前出しましたが絵とか芸術の理解度が埼玉から較べると高いのに関心をいつもします。そういった気持ちが街の中から聞こえてくるようです。もしかしたら銀座より力があるような気がします。

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2008年9月 7日 (日)

石山修治と毛綱毅曠

毛綱毅曠毛綱毅曠前回この得体のしれない建築家を僕のブログで検索したかたがいたらしいのですが、字はこう書きます。ホームページがあったので見てください。もずなきこうと読みます。石山修治展で石山先生のお弟子さんから彼ともずなきこうさんはよく会っているとのことやはり同じ仲間なのかなーーーなんて思いました。北海道は別として石川のこの建築は赤帽で行けそうかな?などとおもいました。

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2008年9月 6日 (土)

アナログ写真はアートとして生きるべきだ。

芸術とは音楽とは絵画とはそこが問題だ( ´艸`)プププ

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この前銀座で展示したとき銀座の古い建物がありそこの階段の写真です。昔石内都さんがこんな写真を撮ってその写真が古い建物の丸撮りなんです。この写真で石内さんの存在を知りました。先日原爆で亡くなったかたの衣服を細かく撮った写真を目にして石内さんの存在を再確認しました。ちなみにニコンEMをお使いでした。写真はアートになったと思います。それは過去の絵画の革命いわゆる写真が出来たことで絵画の意味がなくなった時絵画はいかに生きるべきか?そこで写真はデジタルからアナログに変化した時アナログはアートになったと思っています。アナログ写真はアートとして生きるべきではないか?と思うんですが>>>?先日ニュウヨークでジュエリーデザイナーとして成功した方と谷中でお会いして彼はそんなことを言っておられました。僕もそれを痛感しましたね。

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2008年9月 5日 (金)

朝顔がなんで美術理論になるの?


 o(_ _)oペコッ
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車で暑い中寝てたらふと見ると朝顔が自然に咲いたのか見てスケッチしてみました。こうゆう絵ハガキが50枚位あってかわいい女の人がいるとつい上げたりして何枚描いたか解りません残っているこのはがきが50枚位ありますねそれをまたフリーマーケットとかで100円で売るとまた中にはあげたりで少なくはなっていますがつい描いてしまうからまた増えます。
想像することと描くことを同時にして行くつまり想像は造形であり写すことは想像の脳の中でも違う脳だと言われています。抽象の脳と具象の脳は近い部位なんですがちがうのです。同じ絵でも脳の動きは違うのです。見て描くことは目に入れてそれを記憶し描く造形は頭の中で浮かんだことを描く見ることがないのが造形なんですね、歴史的に人類は写真が誕生して絵は絵としての機能が一部なくなったわけです。その後絵は見ることの行為がなくなったことで造形で絵を描くこととなります。だから頭に置き換えることはなくても頭に浮かんだ形は頭の中でまた書き写すのです。造形を作ることはまず浮かんだものをメモしそれをもとに描くことが大事です。自然に習うか頭で写すかこの違いが絵の世界を変えまた絵をあらぬ方向に導いてしまったかもしれません。このことが現代美術の大きな意味をもたらしたのです。

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2008年9月 4日 (木)

このところお休みしました。


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ここのところお休みしました。自営なんで毎日規則正しい生活が出来ないのが欠点ですねでもなりたくてなった訳でなくならざる終えないことかな?この生活不健康な生活です。でもサラリーマンには到底なれない自分もいますね。。。指輪の新しい写真取り込みました。最近楽天もご無沙汰なんでまた開始したいです。ここで宣言してやる気をおこしたいです。仕事も一段落あしたは少し体を休めてまた来週に備える感じです。今週寺田真さんの個展のお手伝いしてきました。横浜の元町ですが銀座より落ち着いていて感じが好いですね、
横浜市中区元町5-216
ギャラリー元町
9月1日から9月9日まで
寺田真展

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