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2009年6月

2009年6月30日 (火)

前納敏之 展

6月も終わりだ仕事がなく終わった、
生活はなんとか出来ているが
先行きが心配だ、

昨日は絵を運ぶ仕事をした。

東京から横浜へ行った。

前納さんて言う変わった名前の人で
まだまだ若い。

6月29日から7月5日まで

この前搬入した
横浜の元町ギャラリーで
展示される。

前納敏之 展

2009.6.29から7.5
ギャラリー元町
横浜市中区元町5-216
045-663-7565

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2009年6月27日 (土)

9月の展示会

昨日はお台場で9月にする。絵の展示の打ち合わせに行ってきました。

お台場のクルックスカフェといいます。
大宮のカフェにあるイタリアのブランドの珈琲カップの販売をしていて
また驚きでした。そこで砂糖ポットを買って来たことがあります。

ラビッツアといいます。

景観が良いので9月が楽しみです。

その後僕らのなつかしの街角の展示場があり見て来ました。

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2009年6月25日 (木)

ステージとうとう完成しました。

ステージとうとう完成しました。

でも何んかすぐあげたりもしかすると売れてしまいそうで
どこへも持って行きたくない雰囲気です。

今までの人形にドラムをつけてグループらしくしてみました。

チャットモンキーならず
キャットモンキーです。
このバックの絵にLEDの光をつけようと
現在思っていますが

フリーマーケットにこのまま置くと
このままさようならしそうです、

なにとぞとどまって欲しいぞよ。。。。


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2009年6月24日 (水)

スケチャリ

川口の公園でランニング姿のおにいさん発見
この公園は野球場がありサッカーもしている。
自転車置き場にこのお兄さんがいた、
もっと近くで撮りたかったが
遠慮した。

小さなちゃりんこの曲芸みたいなことだが
音楽がスケボーみたいな音楽で
スケチャリって感じだ

でも中学生は大喜びだが
その母親は黙ってみもくれない

この人達俺より若いんだよナーーー?

僕は興味津々面白い
スケボーも音楽を聴きながらあの坂みたいをのを
行ったり来たりする。
でも
このスケチャリは平のところを曲芸する。
サーカスみたいだ

あの動く彫刻家カルダーが脳裏をよぎる。

サッカーだって最初はこんなもん
でも長い歴史がオリンピックなんて詰まらないものに
なり┐(´-`)┌
本当の楽しみはどこえやら?

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2009年6月22日 (月)

花のオブジェの3番目

荻窪の6次元さんで頂いた最後の石を土台に花をイメージしたオブジェです。

立体もいくつも作ると楽しいですね。
この作品は土台に石を使ったのは初めてですが
フリーマーケットだとあまり興味を湧く人はいないので
これで当分は作らないつもりです。

今日も蒸し暑く川口の公園で仕事待ち相変わらず
仕事はなく困っています。

今度公募展にだす作品もまだA3に伸ばすのですが
出来ていなくてがっかりでした。

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2009年6月21日 (日)

辛い電話帳の時版画家と会った、

電話帳の配達は随分させられた
今でも嫌だがあの時はすごく嫌だった。

絵ばかり描いていても所詮食べれないからと思い
でも絵が描きたいその毎日は今でも続いている。

杉並区はあまりしない地区だった。
やたらいらないと言われ電話帳をありがたいと
思っていないお客さんが多かった。

辛い日々が続いた。
また今日ふと日曜美術館を見た。

清宮質文さんがでていた。
そうだこの人にあの電話帳の時会ったんだ。
脳裏をよぎった
そして見ているうちに次々と彼と交わした
時間が戻ってきた。

ただ白い明るい応接室が思い出される
すごい
小さな声で静かに話すそんな記憶がある。
何回か行ったが違う人が来て
遠慮したこともある。
でも同じ木版画であることがうれしかった。

こんな有名な人とは知らなかった。
その辺が熊谷守一画伯と似ていた。


最後にもうこれで最後のような怖い顔をされた
思いがある。

うれしかったからつい行ってしまったかもしれない。
恋人に会うような気持ちがあったかも知れない。

そんな気持ちをもてる人だ。

いまでも人と合わなくて苦悩する。
絵描きとはそんな存在なのかもしれない。

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2009年6月20日 (土)

左ポケットさんの所へ行って今帰ってきました。

左ポケットさんの所へ行って今帰ってきました。

わりとお客さんが来て良かったです。
移動カフェもこれから暑くなると人が外に夜などは
出るので忙しいのではないでしょうか?

栃木とか茨城のフリーマーケットをしている
チラシをもらいこれからまた研究しようかな
なんて思って帰ってきました。

雑誌を見て描いた絵を載せてみました。
涼しそうで今日は暑かったから
て言うか?

そんな気分までの絵の実力はないですね。(○゚ε゚○)


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2009年6月18日 (木)

私と英語

中学生のころから英語を習いなさいと言われ
高校のころも英語を習った。

2つともワンツーマンだから家庭教師で
お金もかかったけど今になってとても良かったと思っている。

だがあのころは嫌いだった。
相変わらず絵が好きで絵のことばかり
考えていた。

40年位変わらないなーと今でも思う。

変わったことはやはり英語だろう。
最近あの英検をやはり受けてみたいと思う位だ、

毎日NHKのラジオ英会話を聴こうと頑張っている。
知っていても聴くこれを目標にしている。

先日赤帽の引っ越しでオーストラリアの人と
仲良くなり英語が出来てたのしかった。

べらべらではないからまだまだだと思いながら
冗談でも彼からお褒めの言葉を頂いた。

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2009年6月17日 (水)

妻と共に過ごしたバブル。

結婚した時バブルが絶好調の時でもそれがバブルだったかサッパリ解らない?
100万円の束もよく気が付かないそんな日々だった。亡くなった妻は生まれて初めて見た束にずうっとみいいっていたのが印象に残る。


こうして考えると今回は落ち着いて最悪の景気をなんとか過ごしている。


忙しいのも困るが暇なのはもっと困る。

昔から自分の道をマイペースで歩く主義だからいつもバカを見てる。

頑固なのだろう。

物作りが好き出し美術が本当に好きだけどマイペースには変わらない。
そんなことを

ふと思った。

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2009年6月15日 (月)

ベルナールビュッフェさんとの出会い

高校生のころかな?

あのベルナールビュッフェさんに会ったのは?

静岡に住んでいたのでビュフェ美術館には行けたと思う。

1976年開館だからちょうどそのころお会いした。
年代がはっきり自分でもわからないのが残念だけれど。

没後10年だそうだ、昨日日曜美術館で放送していた。
美術館の映像が出て来て懐かしかった。

ビュフェさんとはいったいどんな人かとよく
言われるが開館記念に会ったし日本にも
まだ慣れていなかったかもしれないが。

体は細くてまっすぐと静かに立ってお話をしていただいた。
もちろんフランス語だから何がなんだか解らなかったが
とても今のビュフェ美術館とは違い暗かった感じがした。

晩年の彼は日本をとても気にいっていていくらか
太った感じがした。

でも自殺してしまったことは
残念でしかたがない。

この前2月位か上野で夜仕事があり
夕ご飯を食べようかと思い
高そうなレストランだなーーと思い2階を見ると
ビュフェの絵が飾ってありじーーーと
見ているうちにその高そうなレストランについ入ってしまった。
気位の高そうな女性のシェフでイタリアのフィレンツエ
で修行したらしく写真が飾ってあった。

ビュフェの絵があるんですか?

尋ねると不思議なことに食事を格安で提供していただいた。
絵を知っていることはお金では解決できない
不思議な面があるのは絵描きの特権かな?

と思った。

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2009年6月14日 (日)

unicus川越でフリーマーケット無事終わりました。

unicus川越でフリーマーケット無事終わりました。
今回は売り上げは上がりませんでした。
て言うか絵の関係が0でやはり1点位は売れて欲しいですね。

伊奈町では女の子が写真を買っていただいて感動でした。

最後にブログに載っている天使の人形を残念ながらあげてしまいました。

終わろうと思って片付け始めたらやたら子供達が集まってきたので
何だろうと思っていたら子供達は人形に大騒ぎそのなかである女の子が
これが欲しいといっていたので差し上げました。
お父さんがいたのですが買ってあげる雰囲気ではなく

まーーー実はプライスが付いていないので
高いと思ったのでしょうか?

今度からプライスをつけることにした次第です。

今回は初テントでテントの中はわりとさわやかでした。

ひとりでは贅沢って感じでした。(* ̄ー ̄*)


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2009年6月12日 (金)

箱の中のクレヨン

丸木トシ先生が絵本を描いていたのですが
あの
原爆を題材にした絵本なんですが

その絵本はクレヨンで描いたものです。
その絵本はなんで描いているのか?
お会いした時に私が尋ねた時があります。
そのときわざわざクレヨンを見せてくれました。
クレヨンは箱の中にいっぱい入っていて
この写真のように入っていたのです。

実は先生がお亡くなりになり丸木美術館に訪ねた時
その見せていただいた状態のままのクレヨンの箱が部屋に
そのまま置いてありました。

人々がそれをみても何も解らずただ僕一人でそのクレヨンの箱を
眺めていたのを思い出します。

この写真のクレヨンは実は僕のです。
これは小学生のころから僕が大事に保管している
クレヨンで未だに捨てないであります。

このクレヨンと丸木トシ先生とがだぶるのは
とても喜ばしいことです、

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2009年6月10日 (水)

ラーメン食べて神輿

久しぶりの仕事で1年間通った品川にまた縁があるのか?
行った。

お客さんが食事をしようと言われて仕事が終わり行くことに
お客さんは昔ながらのラーメン屋さんがあるという
久しぶりのラーメンで
なるほど懐かしいラーメンだ
焼豚シナチクがあって透明なおつゆ美味しい。

そこでラーメンを食べていたらたまたまお祭り
真ん前が社務所になっていて
ラーメン食べながらお祭り気分楽しいひとときを過ごした。

変わった笛や太鼓に日本の文化の深さを感じた。

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2009年6月 9日 (火)

長谷川利行-2

●画家の言葉
『絵を描くことは、生きることに値するという人は多いが、生きることは絵を描くことに価するか。』(1923年 32才)

まったく僕も思うことだ。

でもこの考えかたを否定できない自分があるから
また描きつずけたと思う。

32歳という若さもさることながら
この時代に生きたことの切なさもあるように
思う。

悲惨な生涯何を楽しみに生きていたのか?
自分と比較するともっと苦しんだ人もいるんだなーと
思う。

すごく汚い形も洗練されてないビーズや指輪が売れていくことも
年寄りが相手だからですまされないそんな気持ちもある。
かたや利行のような人さえいる。

様々だけどいったい何が真実なのか?
に疑問を持つのは
自分だけなのだろうか?

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長谷川利行

結局バイトも競争でバイトはなさそうだ。

渋谷行って面接して損した感じ。

忙しい人は過労死だそうだ。

片方では仕事がなく食べていけない。
自殺したり
プー太郎になっている。

僕もその一人って感じだ。

毎日仕事探し。

絵ばかり描いている。


大正時代のあの大恐慌の時に
長谷川利行という画家がいた。
画家はキャンバスや絵の具を買うだけの
お金がなく暮らしていけない程の貧乏東京の下谷にいて絵を描いた画家
だがぐちゃぐちゃの絵
とにかく人間だかなんだかわからない

その痛烈な画面が貧困の人の厳しさを表し
見ていると食いつくような悲壮感を生む。

今本当にあの大恐慌と同じだと思った。
しかしここで戦争をしてしまったら人類は終わりだろう
全員人類すべての自殺行為になってしまうだろう。

戦争が出来ない状態で生きて行く手段をこれから
模索して行かなければならない人類初めての
模索がこれから始まるのだと思う。

違った犠牲を我々はしていくのだろうか?

長谷川利行

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2009年6月 8日 (月)

東京嫌い

昨日も東京を通過して来たらおまわりさんだらけ
東京は通過したくないし行きたくない。

地方から来る若者は相変わらず東京は好きみたいだ。

でも長年居る東京の人は住んでいるひとも好きなのだろうか?

僕は生まれは東京の中野だ今は名前が無くなってしまったが
富士見町という
地下鉄はその流れを汲んで今でも
駅だけが残る。

生まれた時は丸ノ内線を作っている最中突貫工事の真っ最中だった。

今でも何か記憶にあるが
やたら東京はうるさかった感じがする。

人口は増えるばかり
活気はあり今みたいに静かではなかった感じがする。

東京だけは日本の行く末を支えているらしい
経済力はロシアのGTPを東京だけで追い抜くと言う

すごいしかし日本では東京だけだと言う
だから違う国が橋を渡るとある感じだ。

きょうも田んぼの中をチャリで買い物
やはりこれが日本だし安心する。

でもこの風景のような環境だけでは
日本は生きられないのだろう。

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2009年6月 5日 (金)

ハワイ案

雨の中車でふらふらガソリン代がかかるのにと思いながら運転

ハワイのお店やたらでかいそういえばあのイラストどうなたっかな?

茨城で描いてあげたのだがまったく音沙汰なし

気に入らないよりへんな絵だからいらないのだろう。

絵は絵なんだが個性的まともな絵ではないのだろう

だってハワイアンにサングラスの踊り子変?

そこがアーティストたけしなのだ。

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2009年6月 4日 (木)

移動カフェのhidari poketさん

コーボーさんで知った移動カフェのhidari poketさんに会ってきました。

古河市のパーマ屋さんの前で営業してます。

だから夜の3時間位しか営業してません。
以前にも移動カフェの人と知り合いになりましたが
神出鬼没なのでなかなか会えないのが現状です。

でもいろいろな喫茶店とかお店に小さなカードがあるので
会えた訳です。

さっそくデジカメ1眼で撮影Nikon Fでも撮影ながらも4枚ショット
しました。

寅さんの本とかあり自分と同じだよとかで楽しい時間を過ごしました。

ハガキサイズの絵を何枚か小さな車に飾っていただきました。
OPEN
古河駅東口より徒歩15分美容室べりべり前
火曜日19時から22時まで
金土20時から22時まで


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2009年6月 1日 (月)

菖蒲町でアヤメを描く。

今日は久しぶりにハーバードのお店に行った。
その前に菖蒲町で菖蒲ではなくあやめを描いた
梅雨の時期らしく良いなーーなんて思いながら
描いていた。

あっという間に何枚か描いてしまったそのうちの1枚だ。

ハーバードのお店でまた難しい話をしてしまった。

スエーデンのイケアは父のおこずかいで息子が作った会社と言うことの
話しだがそのイケアを育てる土壌がスエーデンにはあるのでは?
と言うことだ

日本の銀行はとかく企業にお金の貸し借りだけはして貸した企業には
貸すだけで面倒はみない貸すだけではなく
その後企業と一体となって企業を盛り上げて行くだけの銀行が日本にはない。

人を育てる社会ってどうしてないのだろうか?

つねずね思うことなのだが。

人を育てる社会、そんな社会があれば失業の問題も不景気もおこらない
ように思うのだが違うのだろうか?

スエーデンではハローワークは仕事を斡旋するだけではなく
仕事ができるように国が失業者に対してどの仕事が適切か
面倒を見てまた教育や資格や技術面でのホローをしてくれると言う。

人が育てば物も生まれ経済活動も行われて行くのが道理だと思うが
どうして日本は斡旋だけして育てることに力を入れて行かないのか?

近頃失業者に新しい仕事をしてもらったとか聴くけど
人を育てる域まではやはり達してはいないみたいだ。

僕は日本をお膳立て社会と言うことにした。

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