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2011年7月

2011年7月31日 (日)

銀座 GALLERY IZU で展示

<場所> 銀座 GALLERY IZU
http://gallery.izu.nu/index.ht​ml
〒104-0061 東京都中央区銀座1−5−4 伊豆ビル2F

※オリジナル作品展示販売イベントです…入場無料♪

<開催日> 2011年8月2日(火)~7日(日)の6日間
5月に続いて展示します。
参加しますのでよろしくお願いします。

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2011年7月30日 (土)

オランジェルさんの冷せんパスタ

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2011年7月27日 (水)

男の遺伝子と共通の架け橋

男の遺伝子は産業革命以降から小さくなっていることは
事実で
それが何故なのか?

という議論はDNAの信号によってあきらかに
なった、体内時計の理論が発展してこの理論は
明らかになったみたいだ。

男はいなくなると言ったらこの前ある女性が
女だけでやっていくといっていた、

遺伝子が違う男女が全く気が合わないはずで
みんながそうではないと言うのはどちらかと言えば
男が我慢しているにすぎない、
あとは男が強制的に乱暴を女性にはたらいているにすぎない、

科学はそれを解き明かしても
クローン人間や代理出産とか倫理上の問題とか
あり結局男がいなくなるなんて
ってことになってしまう。

遺伝子が消滅した子供が出来たら
いったいそれは男なのだろうか?

もうほとんどないと言われる
男の染色体が無くなった子供とは
もう存在しているようにも思える。

男は男として女は女として
生きて行く方が男が我慢しなくても
良くなり男の染色体は残ると推測されていて
現にアメリカではそういう教育が始まった
ということを聞く。
 

男と女の共通の架け橋これが出来ているのが夫婦でそれが出来てい​れば長く幸せに暮らせる僕みたいに妻が亡くなってしまったらこの​架け橋はないがこの共通の架け橋がある限り男女はうまくやってい​けるいったい共通の架け橋とは何だろうか?原始時代人は男は狩り​に女は植物を育てたが女には貴重なタンパク源を持つことが出来な​かっただから男が必要だったしかし現代社会はこの共通の架け橋タ​ンパク源を男に頼ることは無くなった産業革命はそれを顕著に表し​たここから男の遺伝子は無くなり始めるそこで現代に適合した共通​の架け橋をもった男女が知らず知らずに存在し今でもなんとか夫婦​として存在しているこれからは現代版共通の架け橋をそれぞれが模​索していく必要があると僕は思える。


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2011年7月26日 (火)

北欧のテロ

税金が高い北欧でテロがありそれをなんか良くない
危ない国として扱うマスコミ

でもこのテロリストすごく頭が良さそう?

なんとかと神一重と言うがこれなのか?

バイキングを生んだノルウエイ
やはり英知の国なのか?

昨日はオランジェルさんところで
ポルシェについて僕が絶賛していて
論議がおきて楽しかった。

税金は人のためにあるのではなく
自分のためにあること
自分自身が払うことで自分のために
払っている実感
そういったことが大切ではないか?

それが日本人には懸けているように思える。
しかし平等というものを作るには
それだけの重税が必要と言うことだろう。

これを解決するには長い民衆の議論の末に
表れることであり
それが果たしてくるかは僕は日本は手遅れだと
思えて仕方がない。

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2011年7月22日 (金)

絵が他者にわかる時。

絵を売っていると最近絵の学校でてるんですか?
と聞かれる。
言葉が悪いが芸大美大は嫌いですと言ってしまう。

聞かれるのはどうすれば描けるのかな?
から始めるのではないか?

絵を自分で売りはじめて5年位になるが
一般の人に絵を安く提供して絵を所有して欲しいとの
思いつきから始まったが
その道のりは険しい。

金儲けではなく
絵を持って楽しんで貰えるようなそんな絵が
描けたら良いしまた自分も喜べたら良いなあと思う。

ピカソがキュウビズムを考えたことが
絵の革命だが今学術的なことより
どう相手に解って貰えるか?
具象も抽象も解るそんな絵が描けたらと思ってしまう。

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2011年7月21日 (木)

全然来ない朝霞のアートフリマ

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マンションの下が倉庫になっていて
そこが空きが出たのか?

そこを借りてアートの作品を作ったりしているみたいで
昔朝霞に倉庫を使って芸術家村を作り
その中から村上隆が出て
僕はこの村上隆って全然興味がないが
また芸大のおかしな芸術論を言う
誰かと同じ人だなと思い。
全く興味がない、

この倉庫実は彼が来る前から
知っていて訪ねたことがある。

好きなように絵が描けたら
と思い行ってみた。

だがバラックみたいなこの倉庫に
何人かいたが得体の知れない連中がいて

気持ちが悪くなってでてきた。

なんか運送屋がやっていてその後村上隆のおかげて
美術館を建てたらしい

2度と行きたくない所の一つである。

そんな朝霞で祝日の月曜日に昔芸術家村を思い起こすような
似たようなフリマに参加したが
人は来ないで終わった。
あの朝霞の倉庫も最初はこんな感じだった。
だが化けるとあんなことになってしまい
でも村上隆が良くてもあの中で絵の好きな人が何人残ったのか
お金だけが残った村上隆の芸術に昔芸術家村にいた
人たちが犠牲になったのではないかと思ってしまう。

さてこのマンションの下の芸術家村はどうなるのだろうか?
スタッフはなんとかしたいみたいだが
主催者の男性は良くしようと思うが、、、、、
全員がそうではなく
またつまらないことに付き合うのもと思いながら
付き合ってしまう自分にもう飽きれている。

お人好しもいい所だから参加はしないようにと思っている。

最近フリーマーケットに絵を出すが
震災以降世の中は変わり
僕の周りもその足跡が来て
また嫌な世の中が来るようだ
そう思うと関わらないようにと。と思ってしまう。
千葉から参加した人はもう来ないと言っていたが
どこも難しいことになってきた。

どうしようかと悩む毎日である。

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2011年7月17日 (日)

独立自尊。

自分で自分のことをする。
福沢諭吉はこれを独立自尊と言う言葉に置き換えたんだ

ただ自分のことをするのでなく
自分自身が他人との関わりの中で自分の意見を
生かして行くことを説いているように思える。

子どものころ僕の家には独立自尊と書かれた皿が一枚
棚の上に置かれていてその字の下には

コジック風の建物の絵が描かれていて
いつもこの言葉が僕は眺めて育った。
何故か未だに会社には勤めず一人ぼっちで生きている。
独立自尊なのか?
孤独なのか?
ただ独立自尊の為に生きてきたし
これからは更にその努力をする
気がしてならない。

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2011年7月13日 (水)

蒲田で珈琲豆買う

蒲田で手作り展が終わった後久しぶりに

珈琲豆屋さんに寄った
豆を密封するのに
窒素充填してくれるから珈琲がメチャ美味しい。
あれから6ヵ月位たったねと
言いながら話が長くなり
2時間位いてその後また
ユーシティ蒲田へ行った。

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2011年7月11日 (月)

オランジェルさんの 金運パン

オランジェルさんの金運 あんパンは中にあんパンが入っているとは思えない包装だ。

ヨモギ入りのあんパンで美味しい。

他にもボカチャなんか
もあって玉ねぎ味で板チョコみたいな感じのパン
で小粒で食べられる。


カフェ、
オランジェル
埼玉県南埼玉郡白岡町小久喜1339ー6
349ー0217

0480ー48ー7358

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2011年7月10日 (日)

北品川で手作り展に出展

暑い暑いで最中に梅雨明けまたいろいろな人と交流

女性が多いので嫌われるのがちょっと心配

でも一日目は楽しいかったが

2日目は少し寂しい感じだった

また参加したいと思って帰ってきた。

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2011年7月 2日 (土)

赤塚不二夫は漫画が嫌いだったかもしれない。

赤塚不二夫さんに会ったのは秋葉原の中古オーディオ店だった。

普通のおじさんが話しかけてきたから本物だとは思わなかった。
今でも漫画は読まないし好きではないが
彼に僕は漫画嫌いですと言った覚えがある。

中々漫画好きが敷居を股がれなかった。

家に行ったのは漫画が嫌いで鳴り物のスピーカーが好きだからかもしれない。

なんか前にTVで彼の家が出てスピーカーのある部屋が出たが
オーディオしかない板の間の部屋でとてつもない音でならしたことを覚えている。
そしてお風呂に入らせて頂いて帰ったことを覚えている。

しんちゃんを描いた彼は僕の家のそばの庄和町だが今は春日部市で
山登りが好きだったが自殺説もあり
商業主義に脅かされると有名人は個人としての尊厳が失われて
しまうのかもしれない。

そんなことを最近考えてしまう。

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2011年7月 1日 (金)

大丈夫だあー!

最近は放射線が相変わらずなのに平気な顔している。
結局大丈夫だあー。


とドリフターズみたいに思っているのかもしれない?
冷却装置が出来てこれは世界的に見ても最新で成功すれば
ギネスだなあと思うが
なかなかそうは問屋が卸さない。


冷却装置が出来て炉内の温度が下がり
水蒸気爆発も心配無くなり
一安心だけどもまだまだ心配だ。
原子力発電を肯定すると言うことは
人類は戦争ではなく自分の欲望の為に滅びるのかなって
思ったりするのは僕だけなのかなって思ったりする?

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