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2012年7月

2012年7月29日 (日)

日比野バス

現在東証の平均株価が8300円位で少しずつ下がっている。
これはさらに下がって7000円代まで行く気が僕はする。
いろいろな要因が重なり下がりぱなしではないかと思ってしまう。
最近テレビを見ないのでロンドンオリンピックが始まったことも知らず昨日は取手の東京芸大の仕事だったので近くの公園の公民館で涼みながら気がついた。
そうだったのって感じだった。
ロンドンオリンピックにきずいたら日比野克彦の描いたバスがいて、きたない字だなと、思いながらお前の絵はろくでもないと言われたことがない人なんだなと思い。更に恵まれた環境にいる人には僕らは解らないだろうと感じたりしながら取手の人もかわいそうとまた思い。なんだか解らないのだからそれで良しなのだろうと納得する。そうして写真を撮ったらなんで撮ってんだろうと乗客が不思議な顔をしていた。


0hibinobasu


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2012年7月27日 (金)

ブラウン管

先日10年位使ったブラウン菅のモニターを処分しに行ったら金を取ると言われ払ってきた。10年使ってとうとうビーム音がするので捨てることにした。
周りを見るとまだ新しい感じのブラウン菅のモニターが捨ててあった。こんなに綺麗なら壊れてないと思うし捨てるのは早い感じがしてもったいないと思った。
10年使ったと廃棄物処理業者の中国人に言うと意外な顔をしていたので僕は変わった日本人だよと言うとニコニコしてくれた。どう思ったかはしらないが日本人の物への大切さに欠ける部分を感じた。お金を取ること事態も辛いと思うが、

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2012年7月26日 (木)

六角橋びくり闇市で展示販売

先週の土曜日サミーズさんの前で闇市に参加。マイルスの絵が売れて楽しい日を過ごせました。
仕事しないで毎日したいですが。1ヶ月に1回位あるから
楽しいのではとも思ってしまいます。
今度はまた横浜の関内の吉田町で路上で売っている人と
しますが裏どうりで人のいない寂しい所でしますが
またこれも楽しい。

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2012年7月17日 (火)

兄,1周忌

去年妻の兄が亡くなった。妻が亡くなりもう10年になる。白岡に引っ越して来たとき一瞬姿を見たような気がする。
今キット一緒に住んでいるんだと思いながらいる。
彼女の兄弟は早死にだなと思いながら、
結局自分が一人で生きていることが向いていると思ってしまうし、
絵をあなたは描きなさいと神様が言っているように
感じてくる。
絵があるから生きていられる気がする。
好きなことをすることがこんなに大切だとは
若い頃は思わなかった。

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2012年7月11日 (水)

ギルバートジョージ


バブルの頃デザインで仕事をしてニューヨークに行かせて頂いた。ニューヨーク近代美術館の近くの画廊のショウウインドウに片方の眼鏡をかけた方が立っていたことが今でも忘れられられない。その後西武美術館でまた立ち姿の二人と遭遇感動した。


http://www.facebook.com/pages/ギルバートジョージ/103203313097632?rf=108132219208123

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亀さんを飼う

亀を飼ってそろそろ1月くらいにはなるだろうか?
フェイスブックのお友達の柳沢さんが飼っていたのを見て
僕も飼おうと思い始めた。
水産学部の友達が金魚を飼っているので
と思ったが、プロには叶わないから亀ならと思った。
マー自分も水産学部だからプロなはずだが
釣り一つできない。

水産学部の絵描きさんって僕だけだろう。

実に亀がかわいい、
猫にいたずらされたり、長距離で荷物を運ぶのに2.3日家を開けたらどうしようかと心配はつのる。
亀も喜ぶ。。。

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2012年7月 5日 (木)

とうとう暑くなった。

さすがに暑くなり、今日はガリガリ君を食べてしまった。
だがこれからずーと暑いはずだから悩む。

赤帽の車のクーラーも壊れ、
1トン車はもともともないから
地獄の日々が族きそうだ。

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2012年7月 1日 (日)

他者と絵

銀座の展示終わりました。お金だけかかって楽しくはないですね。おまけに学生さんが出品するだけで楽しくもありません。
見に来てくれる方もいないし銀座の地代が高いから車で行くのも大変で新小岩に車を置いて銀座まで電車で運びます。
その学生さんなんですが女子美の人たちで芸大に並んでいったい先生は何を教えているのか?
今日も飽きれて帰ってきました。
まずある人は他の人の絵を見ても感じないとのこと
自分の絵しか興味がないというので他の人の絵を見て何かを感じないと言うのです。
自分の絵を描く時にイマジネーションを描いて描かないのか?というとそうです。
と、言う。
しかし人の絵を見てイマジネーションが湧かないし感じないならそれは自分の絵が描けているとは思えないのでは?人のことを考えられないこと、自分だけで他人のことはわからないのでは
いったい自分の絵は描けて行くのだろうか?と僕は思ってしまうのです。他人のことを考えないで描くとすると何故人に見せるのか?他人はいったい何のためにいるのか?と問いただしたら、申し訳ありませんと言う。
最後は勉強に成りました。と言われ僕はあなたに物を教えたのではないただ単に怒りを覚えたことと飽きれたことだけで全く詰まらなかった。何か解っていないと思いながらつまらなく帰って来ました。

他人がいて自分がいるこれはあたりまえのことだが、絵を描くとそれはリアルに考えさせられる。自分のイマジネーションを画面に描く訳だから自分で納得しながら描いていくそして自分で納得して絵は完成される。
しかしこの間、家にこもって描いていれば何も他人に見せることはない。
他人の存在はどこで現れるか?と言うと描いた後に他人に見せようと思った瞬間だと思う。音楽も他人に聴かせなければ自分で満足していれば良いが
他人に聴かせた瞬間から音楽は自分の音楽ではなくなってしまう。
僕はむしろ絵が完成した瞬間にもう他人のものだと考えている。
描いた瞬間に他人の物だから描いている時だけが楽しい
完成したらつまらなくなるのは当然のことだと思う。
自分だけ楽しむのなら家にこもって自分だけの絵を描いても誰も文句は言わないしむしろその方が楽しいと思えてくる。
だから他人に見せない画家はこの世に存在する。

ケンタッキーフライドチキンのお店に絵が飾ってあるがこの画家はアメリカの田舎で70歳位まで絵を描いていた女性であるがゆえに、
旦那さんの服を縫ったりしながらその延長として絵を描き始めた。
それが楽しくて結婚してからずっと描いてきたが他人に見せる気はない70位になって偶然ある画商がそれを見て評価され他人の目にさらされることとなった。

他人に見せることは他人の気持ちや他人の心まで理解できるようにならなければ絵は描いていけないとやはり思ってしまう。
独りよがり程自分が詰まらないことはない。
そして不思議とそれは自分が暗く気持ちが沈んでしまう。
孤独そこに存在すると思う。
昨日の女子美の学生も絵を通じて孤独とは何か?
を連想してしまう。

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