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2012年9月

2012年9月30日 (日)

スポーツの欠点

スポーツに関係したことは一切興味がないと言うより話題にしないしまた知ろうともしない。しかし一郎に関しては別で異なっている。一郎はあの大リーグの一郎だが。なんで野球にこんなに理屈をつけるのか?そのこだわりが大切だと思う。
世の中は単純ではないそれをスポーツと言うあくまでも単純なことに仕事や生き方を当てはめ単純に人を動かそうとする人は一郎のような理屈だらけのスポーツとは違う。
だが素人のスポーツ選手はその理論を勘違いして単純で簡単でただ勝てばいいんだ勝てばヒーローだと思う。複雑な理論と経験から生まれる人の知恵を簡単に解決するから成績だけを見るデーター主義になってしまう。
だからスポーツは結果さえ良ければ良いことになる。
また近頃この単純な考えのやからが出て来た。
もう勘弁して欲しい。
上の命令は正しいそう言って何人もの人が死んで行った。
軍国主義。
そんな単純な考えで出来なければもう仕事を出さないとか。
出来なければ練習しろとかそういう簡単なことで解決出来ることが全てではない。限界や人には出来ないことは沢山ある。それが解らないのはデータにはあるが実際には違っていたりよく検証もしないのに出来ると思ったり。考えが浅かったりそこには単純なルールをもとにしたスポーツには到底人とのコミュニケイションや仕事や人間関係は成り立たない。
可能性のあることははっきりとした事実があるから可能性があるのでその可能性を無視して無理難題を押し付けるスポーツ的やりかた一郎とはまったく違うスポーツの考え方、これが本当に危険であると思う。
結果は良くてもそこまでの過程はどうでも良いと。次に繋がっていかない、結果は沢山の経験や知識の積み重ねの中で良い結果が生まれるのであって、結果が良ければそれで後はどうでも良いではない。結果良ければ全て良しはスポーツだからではないか?
と思ってしまう。

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2012年9月29日 (土)

草間弥生さんとの出会い

昨日NHKで草間弥生さんの放送をしていた。
彼女は一度偶然お会いしたことがあるがあんなに太っていなかった。あれは薬のせいかもしれない。
電話帳で川口を回っていた頃だろうか?
表札に草間弥生と書いてあってまさかと思いながら電話帳を配達しようとしたら本人が出て来て。
思わずボクはあっ草間弥生と名指しで言ってしまった。
彼女はなんで知ってるのと聴かれ
ボクは絵を描いていますと言うと
あ それでと言う。
何か二人でしゃべった後
ボクはこの人真面目で神経質だなと思った。
何か言葉のはしはしに緊張感があった。
ボクも精神病な所があるなと思いながら生きて来た。
絵は精神を安定させる効果があるとボクは思う。
そしてその絵で他人も安定すると思う。
もし科学的にどんな絵が精神を安定させるのかとしたら。
それは草間弥生のような絵なのかと思う。
何人もの人に囲まれあの時スリムだった中年の女性の雰囲気はテレビでは思い当たらなかったが絵が好きなだけの人が多くの人にめちゃくちゃにされて居るさまを見ているとかわいそうだなと思った。有名になってもこの人は絵だけが支えだなと思うし。
貧乏でも絵だけが支えなんだと思うし。どちらも不幸だとは自分は思っていないような気もする。

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2012年9月24日 (月)

デジタル文化

かつての日本の経済がなんかだんだん落ちぶれてきて居る感じが目に見えてきた感じがする。
しかし最近9,000円代になって少し安心感が出て来たが
これが良い兆候のように思えないのは残念だ。
やり方が変わらなければ良くなるはずがない。
どう変えて行くかはやはり教育や福祉医療などの人を育てることに対してのやり方が手ぬるかった結果が今出て来たのだと思う。
経済は理論ではなく人が動かし人が作って行く物である。
デジタルに弱いとかではなく。
上司の言うことだけ聴いていれば良いのではなく
自分からどうすれば出来るのか?出来ない物はどうすれば良いか?を考えて行くことが必要でそこに解決策を見いだすことである。デジタル文化に弱い日本人がデジタル文化を打破する方法をあらゆる知識と努力で回避して行くことではないか?

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ジョニー

盛岡の海運橋にジョニーはある。前はあの津波のあった陸前高田にあった、でも引っ越した後も陸前高田のジョニーはあった。2つのジョニーがありそして陸前高田のジョニーは今再建してジョニーって名前になった。
いきさつはあまり言いたくない、でもこの津波で不思議なことに2つのジョニーはそれぞれのジョニーになったような気がする。
写真は陸前高田のジョニーの天井もポスターだらけだったようにここも同じでそんな懐かし思いが蘇る。コルトレーンと出会いそしてジョニーと会い五木寛之と出会った。

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2012年9月23日 (日)

おフランスに行きたいと思いながら、

おフランスに行きたいと思いながら、少しずつイベントに出ながら絵を売っている。でもおフランスに行ったらもう帰ってこない自分が居て恐ろしい日本が好きでないのに日本が恋しくなるのがふるさとなのだろうか?
フランスやイギリスが好きなのにと思いながらまたイベントに出て絵をただ同然で売っている。
ボクはこのお金を何に使うのか?やっぱお金が好きなのか?
何も今お金に困っているのにかたや貯金をするこの矛盾にボクはやっぱ変人だと自問自答する。

宝塚から帰って来てもう1週間たってしまった。
帰って来たら仕事があったが思ったほどでもなく
また休みになり絵を描くこととなってしまった。
とにかくお客さんの前では安くしてしまうから
いつまでたっても儲からない。
儲からないと思いながらまた描いてしまう。
ジャズ喫茶ジョニーの照井さんみたく借金が加算でしまうと思いながら自分も最近は借金が出始めている感がある、
照井さんみたくあちらから使ってくださいと来るなら借金のしがいがあるがボクはそんなことは全くないそう思いながら照井小春さんがお友達になってくれた。
写真が髭もじゃ林の人が照井さんその隣があの秋吉敏子さんである。

そんなことでお金はないが借金はないと人に自慢もそろそろ言えなくなって来た。

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2012年9月22日 (土)

モルモットを描いている画家さん

宝塚大学は宝塚造形芸術大学だったのですが残念ながら宝塚大学にと言う名前になってしまいました。
ボクの大学も心配です。
昨年とても良い作品を発見してその人の絵をアップしておきます。
彼女はモルモットを描いているんですがその表情や表現が良いですね、
またはがきを購入です。

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2012年9月21日 (金)

宝塚大学で展示販売

今回はかなり場所も多くとれました、
絵はあまり売れませんでしたが、
子供さんがアクセサリーや財布を買ってくれたのがうれしかったです。他の人のはあまり見れませんでしたが、楽しい時間を過ごせました。

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2012年9月20日 (木)

宝塚大学で展示販売-1

宝塚大学行って来ました。2日間関西でもう毎年で4度目になります。
新東名が出来てかなり楽でしたがこれから渋滞するので来年は
また普通の東名かなと思いながら行きました。この写真はボクのオブジェを前にディイジェイしてくれたので最初のアップです。

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2012年9月12日 (水)

デジタル社会

老人ばかりで若い人はコンビニでアルバイト若い人は仕事がない。世の中は静かで人は減るばかり。
そんなように思えて仕方がない。
それが理由なのかと思うが、現実の自分には仕事は少ない。
全く無いのではないが安心出来ない。
そんな毎日だから不安だ、
絵があるからやることは作れるから他の人より幸せかな?と思うが。他の人はどうしているのかなと?他の人のことも思う。
日本を支えてきた産業がこれからこのままでは続行出来ないと言う。いったいどうすれば生産性が上がり経済が活性化するのだろう?
物を作って売ることが出来ないでもデジタル社会だからこそ日本は作っても売れないと言う人がいた。
そこら辺に鍵があると思えてならないが?

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2012年9月 9日 (日)

電子音楽そして30年

ムーグシンセサイザーは富田勳が当時ドッビシーの月の光を演奏してその音を耳にした。僕はこの電子音楽に興味を持った。
何故かと言うと富田氏はこう語っていた。
電子音楽は画家がパレットで絵を描くように音を描いて作るのだと、そんな音楽聴いたことない。
そしてスイッチオンバッハと出会った。
バッハが宇宙服を着ていて宇宙空間を笑いながら飛んでいた。
そんなジャケット見たことなかった。
音はまさしく聴いたことのない音だった。
今から思うとそんなに凄い音ではなかったが。
こういう音が存在していなかったからめずらしい音なのだ。
それから30年電子音楽は当たり前になり
あの、とてつもない配線もなく1台のマックで簡単に音を合成できるまでになってしまった。
いまアンダーワールドやオルビタスが簡単に小さなマックのノートで音楽を作り出す世界がやって来たことに時が経つのは早いなーと言うことと歳をとったなと思うことである。

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2012年9月 6日 (木)

絵を描くことそれは悪夢だ

手で物を作るのと、絵を描くのと、少し脳は違う所らしい?と聴いたことがあるが。どんな本にそういう研究があるかは解らない?中学の時技術家庭科は出来なかったが、美術は100点だったから今でもそう思うことが何回かある?
しかしデザインを勉強したときデザインの仕事をした時確実に絵を描くことと違うことは解った。
他人に解ってもらうことはデザインに近いし手で物を作って人に使ってもらうことはやはりデザインに近いことだと思うしだとするとやはり絵とは他人がどうあれ好きなように描くことだと思ってしまう。
ゴッホが誰にも理解されなくても描き続けたことは他人のことを意識しても自分しか理解出来ないド壺にはまってしまったことの苦しさだったのだろうか?
ポロックやゴッホやムンクと言った画家達はみな精神異常とされているが芸術を追求して金にも生活にもならなければ誰しも生きて行くことに悩み苦しむのは当たり前のことではないか?
絵画が存在していることこそ悪夢だと思ったこともある。
ゴッホは悪夢を知った画家であり。
いわゆる近代絵画の始まりは画家と言う社会から隔離された人たちの誕生のように思えてしかたがない。
だから僕は2つのことをしていく必要性を感じた。
1)一つは社会を肯定して誰でもしている仕事をすること
2)一つは社会と全く隔離して芸術家として存在すること
そう感じて30年が、たとうとしている。
絵を描いていて他人に解ってもらうことそれはとても楽しい。
しかしゴッホのように苦しくても自分が好きなように描きたいという矛盾の中でまた苦しみ辛い思いを繰り返す。
悪夢とはこのことなのだ。

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2012年9月 5日 (水)

パイプオルガン

日本にはパイプオルガンはなかなかない、もともとヨーロッパの物だからそんなにあるわけがない。
2年位前か水戸の芸術館に行ったとき真ん中のホールに小降りのパイプオルガンがあってうれしくなった。
これでバッハやヘンデルをひいてもらうといいなあなんて
思ったが、そんな話を水戸芸術館の人と話をしたことがある。
日本では一番大きいのは東京文化会館である。
リヒターなんかも演奏したと聴く。

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2012年9月 4日 (火)

チェンバロとの出会い

チェンバロはバッハのゴールドベルグ変奏曲で出会った。
出足の音階が好きで何度も心中で音階を繰り返したことがある。
カールリヒターが好きでリヒターと書いてあるとおこずかいをはたいて買った。
ロマン派はあまり聴かなかった今ではモーツアルトは大好きだがこの頃はバッハばかりを聴いていた。
だから僕はグラムフォンのあの独特なレコードはあまり持っていない。
カラヤンが嫌いであまり聴かないのもさらに拍車をかけた感じだ。
こうして10代の頃はプログレとクラシックとジャズのコルトレーンに染まっていた。
でも今でもあまり変わらないかもしれない?

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2012年9月 3日 (月)

バッハとの出会い

最初買ったレコードは中学生の頃大きなLPと呼ばれる重いレコードだった。
1枚目はポールモーリアと言う、当時ムードミュージックと呼ばれる音楽で次はバッハだった。
バッハは今までのポールモーリアより深く何度も聴いた。
最初はパイプオルガンでバッハのトッカータとフーガだった。
壮大な音楽で音が空間を魅了した。
僕はあの頃が一番楽しかった。
みなそうなのかもしれない、ただ学校には行かなかったのが
辛い日々だったかもしれない。

http://www.youtube.com/watch?v=Dex2H3Z7Wtg

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