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2013年1月

2013年1月30日 (水)

カフェとは?

お茶を飲むのは習慣でいろいろな所でコーヒーを飲んでは休んでいる。名古屋は沢山喫茶店があり朝早くから人々がコーヒーを飲んで朝話をしている。
でもそんなに声を大きく話す人がいないのは不思議だ、
僕は声が大きいしおしゃべりだから人のいない喫茶店で店員さんと話をするがなかなかできない。
最近白岡のオランジェルさんで話が出来るが話し相手に喫茶店をしていると彼らは経営がなりたたない。
だからいろいろな所を探すがそういったせいか
喫茶店はすくなくなりチェーン店のスタバが幅を利かせて来た。
名古屋のように他人同士が交流出来るほどの喫茶店は顧客の考え方次第なのだろう。
だからたまたま何かのきっかけで知り合っても僕みたいに声が大きい人はうるさがられるそしてたとえ他の人が携帯電話を店でかけていても僕の声はうるさがられる。
名古屋が良いのではない
スタバが悪いのではない
その場を交流や勉強の場として考えて静かにするのが喫茶店ではなく何か独りよがりかもしれないがどんな人でも楽しく過ごせる場所があれば良いと思う。
争いごとやけんかさえなくみんな楽しんで交流して勉強しておまえうるさいと感じる貧相の低い人にはなりたくない。

声が大きいから声を小さくしろと言う、
ある人は耳が悪いんじゃないかとか体が大きいからだとか言う。
またある人はそれは日本だけだと言う。
今日年寄りが卑屈になってうるさいと行って来たが他の客は関係のない顔をしていた。特に若者は平然としている。
だから自分はちょっと早く生まれ過ぎたのかななんて思いながら
やはり大きな声でふと知り合った人と話す。
言われて悔しいが別に悪い事をしているのではないし言われたら
けんかにならないようにしていることだと思う。
言うほうがおかしいのではないだろうが
僕は好きなように楽しくすごせたらいいし
たとえ他がうるさくても自分は笑い声がまわりにあった方が良いと思う。

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2013年1月28日 (月)

今日久しぶりに大宮の駅に行った。

今日久しぶりに大宮の駅に行った。
商店街のガードは無くなりトタン屋根の古い町並みはなく
電信柱もなく
自分が年寄りのように思えた。
亡くなった妻と良く歩いた街は時とともに変わって行くと思った。

白岡に来てから春日部ばかりに行っていて
大宮にはあまり行かなくなった。

地元の大宮が近くて遠い所になってしまった事が
寂しかった。
南銀が見え古い大宮の面影はここはあるのかなと思った。
南銀は見えたがあそこらは変わらないようだった。

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2013年1月26日 (土)

もう今月も終わり

12月1月と絵の販売が出来なくて寂しい、
しようと思うと赤帽の仕事が来てなかなか出来ない、

先週は準備を夜し終わったら電話が夜の10時頃
かかって来てまた売り物を家に戻して
疲れ果てた翌日は預かった荷物が無くなり
がっかりして帰って来た。

そんな日々で今日は仕事がなく
サラリーマンと違う自分はその日暮らしだから
困る。

絵が好きだから絵が描ければただうれしい。

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2013年1月 9日 (水)

京都の蜜柑さん

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2013年1月 3日 (木)

2012年をふりかえり2013年を思う。

2012年は僕にとっては仕事はなく収入も少なく一年とうして借金がでて未だに取り戻せなく大変な日々だった。
でもそんな中で絵は順調に売れて一時は飛ぶように売れ
利益が一枚も売れなかったこともあったのに売れ
また賞をいただき
今度は今年そうそうテレビに出る話が出て来た。
だが
あまり調子にのらず
少しでも借金を返し
なんとか金銭的に安定することを目標にしたい。

お金で嫌な思いをしてまで仕事はしたくないが
これも出来ないと困るなと思う。
みんなしているから僕もしなくてはならないのも
あまり好きではないが
しょうがないなと思いながら赤帽をしている。

母が病気がちで寝たきりだがまた年を越せた事がとても
うれしい。

絵で生活が出来るようになる事が一番だが
赤帽でいろいろな所に行って
スケッチするのもほんの少し楽しみを見つけたような
気がする。
スケッチした絵をデジタル化してはがきサイズにして
全国ふるさと風景として販売したいなと思っている。

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