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2013年4月

2013年4月27日 (土)

株価は上がったが

4月まで忙しかったがまた暇になり
株価は上がったが、円は安くなり
何か交換しただけのような気がしてきた。
お金をを発行した効果は
土建屋さんとかそれを運ぶ運送屋さんに少しだけ
配られた感じがするからその恩恵を受けた人たちは少ないのでは
ないだろうか?
しかしまたバブルの繰り返しをしてはないが
それもみんなが決めること日本人がそれぞれの立場から
変えていくこと
そしてそれは苦しい辛い戦いになることと
大もうけしようとする人たちもでれば僕みたいに
それぞれが等しく分配できるような
公平でかつ平等な福祉国家出来上がることを祈る人と
が分かれて議論を繰り返すように思える。

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2013年4月22日 (月)

時代は変化している。

時代はまた変化している。
その中でこの地球と言う中で生きているのか?
と思ってもそんなこと考えてもなんの特にもならない
少しだけ人と違って絵を描くことが出来るから
うれしく思っているだけなのかもしれない。
4月の頭までとんでもなく忙しく4月からド暇になり
またフェイスブックに脳書きを書くようになってしまった。
そしてまた絵を描いている。
食べていくことより仕事よりお金より名誉より
ただ喜んで欲しいと思うと安くなり
そしてまた貧乏へと突き進む
いいんだ俺は満足している。
そんなおバカが自分なんだ。と
粋がる。
モンジリアーニもゴッホも苦悩の中から何かを
見つけたんだ俺はかっこいいんだも50になれば
ただのアホか?と
どか弁ののっぽが言う。
でも
絵を路上で売っていると楽しくてたまらない
とんでもない物にはまったか?
と思いながら慎重に着実に自分の描いた絵を喜んでもらいたい。

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2013年4月17日 (水)

版画いよいよ摺りに入る

新しい版画がいよいよ摺に入る。
摺はすりと読む。
文字道理、色をつける
今までは彫りをしてきた。
前回の版画から2年たったあの大震災の頃
始めたことになる。
今回はシップシリーズの続編で今度は車のタイヤがはいる
海から陸へって感じだ。
またマックで下絵を作り
版画へと作っていく。
摺が始まるとだいたい1月あまりで完成となる。
最近はいろいろな技法や作品を作り皆小さいので
沢山は出来るが
フリマで忙しくなかなか大きなこの版画にたどり着けない状態だ。
コバルトさんが言う
絵が、高く売れなければ次の作品にたどり着かないと言うことは確かだがなかなか売れないし安くすると何点か売れる。
人は金が余れば高く売れると言うが
何か物悲しい。

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2013年4月 9日 (火)

人間再生社会

30歳の時秋吉敏子さんにお会いした。
岩手のジャズ喫茶ジョニー照井さんの紹介だった。
ニューヨークにお住まいなので
その時ジャスパージョーンズの会わせてもらえるような
話だがその時30歳では遅すぎると言われ
ニューヨークでの絵の修行は出来なかった。
しかしデザインの仕事でニューヨークには
それから行けた。
ただジャスパージョーンズとは会えることはなかった。
秋吉敏子さんその時
こんなお話をしてくれた。
日本と言う国は努力しても報われないが、アメリカは努力すればするだけ報われる、
特に運送屋なんてやってもやっても報われない。
まーそんなことを言えば
何やっても報われないのが日本の
社会かなと思う。
報われない分なんとか生きていけると言うが、
これからは努力しなければ報われない社会が日本には
やってくると思う。
そのかわり社会は努力しても報われて
再チャレンジできる社会を造っていかなければ
ならないはずだ。
そうしなければ中国や韓国や世界の中から
遅れをとってしまうだろう。
中国に出来ないことはそういった人間再生の道を造ることで
日本の社会がしなければならない重要な宿題のように思えて仕方がない。

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2013年4月 7日 (日)

コミュニケーション

昨日はハードオフに行った。前もって一度行ってまた来る。
それは下調べをしてから見て楽しんでまた行く。
昨日2度目の訪問と言うことなだ。
3つ買いたい物があったが一つはなくなり一つは壊れていて買えなかった二つ目を店員と話した後、空きに店員はどこかに行ってしまった。
仕方がないので違う店員に聞くことにした。
その店員は全く話が分からないのでもう一度最初から話してほしいと言いだした。
僕は話し始めたが3つ頼もうと思っていたんだがと言ったら最初に3つとなぜ言わないのですか?
と言われ自分も何だこの人と思った。
そのことを注意してもなぜ僕が悪いか?
店員はわからないみたいであった、その他にも何を言っても
伝わらなくなり嫌になり自分もうまく言えなくなってしまった。
そこへ最初の店員が戻ってきて大騒ぎになっているので話を聞いてくれた。
その店員はこの店の店長だった。
これでは物を買う気にならないしょうと言ってくれた。
その時少し安堵した。
よくマニュアルどうりと言うが
相手が下調べをしてお店に迷惑ならないようにと思っている
お客さんもいる。
お互いが信頼関係が保てるようにと願っている人もいる。
中には物をただ売ってさえしていれば良いと思う人がいるが
そうではない。
そういう人がいるから中古でも壊れている物が部品取り用に置いてあることも知らずに何で壊れているんだと言うに来る人もいるのだそうだ、
だから二度目の店員はジャンクですと答えることにしている
それ以外のことを言うとまずいと思ってしまっている。
マニュアルどうりにしていればそれでことがすむマニュアルどうりでない客はわからない客なのだ、
だからわからない、自分の間違いはないと思ってしまう。
仕事だからでかたずける問題ではないと思う。
売り買いすることは相手のことがお互い同士わからなければ
物の売り買いは出来ないだろう
だからコミュニケーションは大事だと思う。
それが相手の気持ちになることではないかといつも思う。

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2013年4月 4日 (木)

体で覚える。

中学の頃柔道をし始めたしかし体罰を受け頭を打って長い間ノイローゼ気味になり病院通いをした事がある。
学校もそれが原因ではないが行かなくなった。
しかし絵がそれを救ったと今でも思う。
そんな30年以上前の話を今更と言うか今までこの社会は見逃しにしてきたのである。
つまり体罰がスポーツには常識なのだ。
星一徹が飛雄馬を殴り倒すのはいったい常識なのか?
常識はあの喫茶店は静かでなければいけない常識と同じに思えてならない。
スポーツは僕は大嫌いだだから野球もサッカーも見ない、
一人運動をしに自転車に乗る。
しかし物を覚えたり知識を人から得るには
きつい言葉や叱りや時には触ったり刺激を与えて体から覚えて行く事は必要だと思う。
俗に言う愛の鞭それが相手に伝わる事。
伝わらない時体罰になってしまう。
人は動物だ生き物である。
だから脳を刺激して覚える事も一つの方法である。
過剰な刺激は必要ではない覚える事や知識を体で覚えて行く事には必要な事ではないかと思えて仕方がない。

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