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2013年5月29日 (水)

新しい流れ

現代美術は1960年から80年位が最高だったのかもしれない。
そのころ具体や新日本美術協会といった60年代に活躍した若手達が活躍した。
アンデパンダンやトリエンナーレもこの頃出来たと思う。
白髪一雄や僕の好きな斉藤義重らこの頃の人だ。
皆が新しい表現へと絵を開拓していった。
もうするべき物は無くなったと言い始めたのは2000年になった頃からで
世界は不況に入り込み、グローバル社会へと突入した。
現代美術でも美術館の職員に旨く言ったのか?
訳の分からない検討もつかない美術が登場した。
それを書いてしまったが良いかどうかは僕も疑問だ。
だがそうしたことがわからない美術、難解な美術をとりあげてしまった。
だが人はそこに打撃を与えた。やはり違うと自然とこの手法は消えていった。
今また僕は新しい波が到来していると思う。
美術は理論の中では死んだ。
だが理論以外の何かが我々の中で動き始めていると確信する。
ロックミュージックも死んだとされているが
ロックは我々にとっても永遠だ、
現代美術のすばらしさはあのエネルギーと情熱がある時代が作り出した
美術の世界では先進的なことだったと思う。
しかしまた新しい進歩をしていくことこそ人なのだ。
理論ではない人とは何か?
美術の中から理解することが出来たら。現代美術も役に立つ美術になると
僕は思う。
真の人の感動とは何だろう?
それにつきる。

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