スケチャリ浦和美園に出没
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前にも書いたが検索してみるとない?
NHKのBSで放映していたのを再放送していた
美の贈り物と言う番組で
前にまた日曜美術館での人気のあった番組を
再放送していた
途中から見たから全部は見れなかったが
あの
中川幸夫さんが出ていた。
以前このブログでお話ししたが
新宿の飲み屋で知り合い
連れて行かれた所が中野
確か新宿から歩いたような思いがある。
彼は脊椎カリエスだから背が小さい小さいからそんなにお前早く歩くなよ
と言われたことを思い出す
中川さんはあれから偉くなり僕は相変わらずだけど
アパートがテレビに映るとあーーーーあのアパートだと解る
でも更に汚かったそこに奥さんの写真があり
そしてその写真は土門拳が撮ったその記憶は忘れられない
もう90近い年齢になり
元気なことはうれしい、、、
お前花やらないか?
嫌僕は版画をします。
そうしてお別れした。
中野は僕が生まれた所だけど
中川さんと会えたことが中野がただの中野ではない気がする。
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<場所> 銀座 GALLERY IZU
http://gallery.izu.nu/index.html
〒104-0061 東京都中央区銀座1−5−4 伊豆ビル2F
※オリジナル作品展示販売イベントです…入場無料♪
<開催日> 2009年10月27日(火)〜11月1日(日)の6日間
27日から版画1点と何点か小品を展示します。
よろしくお願いいたします。
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お店のトイレに飾る絵が欲しい・・と、マイミクのアーティスト タケシさんに頼むと心よく引き受けて下さり
今日 わざわざ持って来て下さりました。
No1ホスト マークを題材に音楽も楽しい店なので・・と こんな感じの絵に仕上がりました。
絵の感じから行くと静かなムードのある音を流さないとかな?笑
この方 ただいま精力的に活動しています。
是非 貴方・ワンちゃん、ネコちゃんなどアーティスト タケシさんに描いてみてもらっては?
オーラさんが僕の絵を飾っていただきました
ありがとうございました。
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岩手にいるころ学生で盛岡で居酒屋の人の紹介で
僕の版画を買ってくれる人がいるとのことこの人達が
南田夫婦だった。
いつも2人でいて
買ってくれただけなので会った記憶がない。
果たして僕の絵を持っているかは
わからないが絵はない?
当時の絵はみな無くなり手元にあるのは
1枚だけだ
あれから30年余りの月日が流れ
そしてみんな僕も歳をとっていく。
今でもいったい何を僕はしてきたのだろうか?
と思う。
歳だけとったなーー?
と思いつつそう思うと最近はあせって
版画やんなきゃと思うし
フランスに行きたいとはたまた
思う。
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オーラさんのトイレに飾る絵を描き始めた。
コンピューターのマックの絵にしょうかと思ったけど油絵を描き始めた。
あらかじめマックで描いた絵を参考に模写していく。
大きさはA5なので小さいけどハガキサイズから比べれば少し大きいかな?
まだ時間がかかりそうだ。
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今日は成田畳店の成田さんとお話お母さんがいて
ぼけがきている。
僕らもいずれはこうなるのだが
彼とは同じ位の歳だが
以前隣でカメラを売っていて
中古のマミヤRB67をここで買ったりした
そんな仲である。
でもカメラは売らなくなってしまった。
白岡町に引っ越してきたからまた話す機会が出て来た。
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お台場での展示が昨日で終わりお台場から帰って来た。
雨が降っているのに人はいて
フジテレビを見学あの青いキャラクターを写真に収めて
展示のかたずけ
1時間位いて挨拶をして帰って来た。
6丁目の街角?みたいな僕の子供の頃の町が再現されて
いるところに戦国グッズを売っているお店があって
そこの女性が楽しいひとで青木さんという
その人がNHKの熱中夜話に出ていてびっくり(・∀・)イイ!
会いに行ったが僕みたいなおじさんが店の中にいてがっかりだった。
また機会があったら行こうと思った。
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荒川区に仕事で帰りに
皮で作るアクセサリーの材料を買いにまた寄り道した。
皮の腕輪でバンドのような形で小さな鎖をつけて
腕にまく
これから作るので出来たら紹介したい。
舎人のオオラさんでゴルフの用品を売っている女社長が作って
作ってと言っていたのでまた作り始めた。
彼女はまた気にいって買ってくださったので
作る気になってしまったのだ。
他にも木のアクセサリーも気に入ってくれたので
あと首に巻く鎖だけが残っている。
鎖を取り付けると完成だ。
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また絵を運ぶ仕事で横浜に行った。
白楽ベーグルに寄り
この前の横浜の画廊に行って。
この展示を見てきた。
そして絵を運んだ。
今度は小磯良平みたいな絵を描く人達でおばちゃんばかり
昔。後藤田警視総監に会って奥さんが油絵を描いているので一度見に行きなさいと言われ
大阪の銀座みたいなところで展示会をしていたので東京から見に行ったことがある。
その時おばちゃんにかわいがられたことを思い出した。
そのおばちゃん達はみんな大手企業の重役の奥さんで
みなさん凄いおばちゃんだったことを覚えている。
後藤田さんの奥さんにもこの時お会いしたが
もう昔のことで記憶が浅いが随分親しくして頂いたことを覚えている。
ふと思った。
こうゆう絵ってなんて言えばいいのか?
未だわからない?
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涼しいのは良かったがトラックの走る量が多く帰って来たの12時を回っていた。
それからiMacの古いのが動かなくなり分解。電池がないのだろうと思い取り出していたら明け方に
結局今日はまた寝ていた。
運動しないとと思いまた断念。
今度の大阪でスライドショーをiMacでしようと思い。iMacを大阪まで赤帽で持って行く。
4台ある通称おにぎりがいよいよ本領を発揮しそうで一台がリタイアだ、
結局朝までいぢってOS10
をインストールしてみた。ハードディスクが5Gしかないからまた秋葉だなと思い。お金ないよと
途方に暮れている。
CDも何か遅いみたいだ
OS10がおにぎりに入るのは解っていたが
10.2とどめている。
マックのわからない人が多いが絵をマックで長年描いてきたから
マックは手放せない。
マックがこの世からなくなる心配もあることはあるが
僕が決めることではない
むしろもっとマックが欲しい。
この前何年かブリに演劇を見た。
そこの会場がこの写真
唐十朗の赤テントの話をしたりした。
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帰ってからいつもの長崎屋の名前が残っているモールみたいなスーパーにいる。
自転車に乗って少し血糖を下げようとしてもなかなか下がらない。
今度の連休に大阪に行く。僕としては大事業だ。
宝塚造形大学でフリーマーケットのような作品展示をすることになった。
40年絵を描いて来てただ絵が好きで。
時間があるのか?でも金はないな。
チャンスが来たのか?そんな気もする毎日だ。
王子のシアターバビロンで琴を演奏しているりょうさんと言う方から琴を運ぶ依頼が来て
その初日に母と娘に会った娘さんはまだ幼稚園みたいだが塗り絵をしていた
丁寧に塗って楽しんでいた。
色鉛筆はステッドラーで塗り絵の絵がすばらしい
断って写真を撮らせていただいた。
どうもフランスの絵のようだ
やはりフランスに行きたい。
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最近仕事がある。と言ってもフリーマーケットだから仕事かわからない?
でも絵が2枚売れた。
気に入ってもらったがサインをして欲しいとか言われてまた気に乗らなくなって
しまった。
実はぼくの絵はサインをしていない版画はサインをしている
値段も高く売ることや展示の中心だからだ
でもスケッチや最近始めた油絵はサインはない。
はっきり言ってサインをする気がない。
しかし反省サインを言われたらその場でしてあげようかな
と思い始めている。
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お金がないと生きていけない。
健康の次にお金だ。
健康があってお金がくる。
どちらも僕は持っていない。
注意されても食べてしまう。意思が弱い。
また持病の糖尿病が騒ぐ。
お金が儲かっても
それにたかる人もいる。
薬が欲しければ陥れても
たかるだろう。
今赤帽も少ない仕事をたかろうとしている。
本当に自分のことを思ってくれる人はなかなかいない。
継母はみかただったが
やはり無理だったかと思う。
お金に良い生活に慣れてしまい
見えなくなってしまうのだろうか?
山梨の人達は普通の人だと言っていた。
わたしの祖母のような格好をした人が答えていた。
絣のもんぺをはき掻にさされながら
野良をしている人に見えた。
農業はいやだ。
僕は今でも思う。
でもお金に溺れるのもいやだ。
やはり人は本当に好きなことをしていることが
一番楽しいのではないだろうか?だから
絵を描くのかもしれない。
言葉では語れない何か?があるのだと思う。
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やはり近所の人が音楽がうるさいと言って
通報したのではないみたいだ
今日前のうちに聴いてみたが奥さんは
違うとのこと
やはり嫌がらせではないかと
2人で話していた。
もう白岡町に引っ越してきて
半年以上になる。
これからここで住むから
と思う。
もう良い歳だから夜の音楽は控えようと
思っている。
しかし老人の一人暮らしと同じだから
つい音がないとやりきれない。
今日は彼女のことは報道はあまりなかった。
一安心だ。
あんな旦那と解れて
山梨に戻って欲しい。
僕らの親類のヒーローだから。
弟とも縁を切って欲しい。
あの笑顔がとっても素敵だ
あの笑顔が何億円なんだろうな
そんな価値があるのだろうな
とふと思う。
演技も一流ではいし。
歌も一流ではないが
あの笑顔がまた見れたらなと
思った。
もうテレビで見ることはないと思うが。
見れたらきっとまた涙すると思う。
あの彼女が自首した日に
僕は京浜東北線に乗っていた。
前の席に子供達とお母さんが楽しそうにいた。
花火がビルの谷間から覗き込み
都会の中の電車のなか
不思議なことがあった。
東京駅の辺から
麦わら帽子をかぶった女性が隣に座った?
座っても何も動かない
じっと何も持たず座っていた。
まるで硬直した魚のようで
その女性は秋葉原より手前で降りた気がする。
まさか?
その後またミクシイに日記を電車の中で書いて
家に帰る途中FMで自首を知った。
気持ちが繋がったのかな
と涙がでる。
14歳から苦労して
我々芸術家は自分の道を歩けば良い
でも芸能人有名であればある程
自分の気持ちなどないだろう。
本当に好きなことがなんなのかさえ
解らなくなることもあるだろう
その気持ちを貫くことの辛さを
顔にださないそういう仕事ができることに
また驚きを覚える。
それは常磐貴子さんや木梨さんにも榊原郁恵さんにも言えるのかもしれない。
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芦川さんと会いその後入会したのが日本サウンドスケープ協会で
そこの鳥越さんと会った。
凄いお嬢様で会ったときはびっくり
また超美人でまたびっくり
今も教授をしていて大学にいる。
恩地元子さんも鳥越さんも
たまげる美人だから
まいってしまう。
最近は年間の定例会にもでていないが
会費はちゃんと収めている。
環境と音との調和を求める
サウンドスケープは芦川さんと
カナダの作曲家
マーリーシェーファーの申し子だ。
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大鶴義丹さんはあの唐十朗の息子さんであることを知ってはいたが
僕が中学の時あの黒テントを見て
(おい坊主何やってんだよ)と言われたあの
記憶が私が子供だった頃の放送を見て蘇った。
大鶴義丹が語った中で演劇や絵なんて
お金になる物ではない
それをお金にしていることが不可解だと言う言葉に
自分は絵を描いてお金を今まで少なからず頂いてきて
それが生活にまではならないが
いつか生活の糧にしたいと思う気持ちが
これで良いのか?
とまたふと思った。
そして彼の一言がまた凄かった。
労働と言うものをしたことがないと言う
そう思うとあわれでもあり
またかわいそうとも思えた。
唐十朗はやはり不良だと思った。
池田満寿夫が苦しめられた気持ちが同じ
版画家として蘇った。
でも好きなことを全うすることこそ
人として幸せなことはないと
やはり思えてしかたがない。
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酒井法子さんに会ったのはもう25年位前かな?
凄い昔だけど
今でも覚えています。
あの頃はフリージャズ全盛でアケタの店によく行っていました。
岩手の照井さんの紹介でよく行っていました。
そこで坂田明さんとかにも会いました。
あれは
外で会ったんです。
お付きの人がいて
有名人はみなそうですね。
彼女は一見おとなしい人ですが
気が強そうな人で先ほどのテレビのニュースのコメントでもそうだけど
きっと頑固な人だと思います。
僕は彼女の何か不思議なことを
経験しています。
例えば貸しレコード屋さんに行くと
借りたレコードがノリピー音頭になって
しまったり間違えてノリピーのノリピー文字のシール
が入っていたり。
元気だった頃の妻がまたノリピーだよ
とよく言い合いました。
そんな気持ちが酒井法子さんが他人ではないような
気がします。
ぼくはあんな不良の男よりもっと素敵な男はいるのになー
なんて思いますがいい女程ダメな男に付くのが
この世のならわしかもしれません。
山梨なら僕の家の古い家に行けば雨露はしのげますよ。
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北里柴三郎をNHKで紹介していた。
その放送の中で地道と言う言葉がでてくる。
地道。よく親友とまた地道だぜ、
とよく言った。
北里柴三郎のすごさとは
そこだ。
僕は北里大学でもたいした学部ではないし
他の学部からは変わった人の多い学部とか
おまけとか言われていた。
でもこの地道の精神は全部すぐやる
ではなく無理せずまた明日少しずつ
すれば良いと言う精神につながる。
物作りや美術はそこが大事だ。
納期があるから間に合わせろ。
でもお客さんはすぐでもないことが多い。
今この不況だが
地道にすることがやはり勝利を収める。
今までもなんとか生きてきたのは
いや無理するなここで沢山お金を使うより
明日まで待とうその間に誰かか認めてくれる
頑張るより地道な努力そこに
北里のすごさがあるように思う。
努力の仕方が僕らとは違うかもしれないが?
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ピカソがキュビズムの革命を起こし見える物を写すことから絵画の考えが変わった時からもう100年近くは経ち初めていることは変革の驚きより
その考えかたが当たり前になり変革した結果ではなくどう考えていくかに時代は移ってきたのでではないか?
と最近思う。
ロスコの抽象を見て何を感じるか?まで来たことは変革から発展へと人々が動いてきたと思う。
絵画は癒しのビジュアル?と言うか?
理論より人々の心の病を治癒する力を持つ物のように思えて仕方がない。
絵画セラピーと言うか?
そんな力を持つ物だと確信している
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よく話すことがある。
女は沢山することがあって
男は働く意外することがない?
と。。。。
そんな気持ちはよくわかる
男は酒に溺れたり
馬をしたり
今日もそんな話をビートルズの店の主人
としていた。
じぶんは絵だけ描いていたからそういう
物に溺れなかったのかもしれない。
稼ぎは悪いけど
なんとか生きてきた。
電話代が払えなかったり
電気代や光熱費が払えず
困ったりしてきたが
なんとか生きている。
これからも不安な毎日だが
絵を描きたいそんな気持ちは変わらない。
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暑くなり絵を描くのもはかどらない。
やろうと思い今一手が動かない。
今度の日曜日に青空写真市を谷中でする。
でも雨っぽい。
写真を売るだけのフリーマーケットで参加することに
なった。路上芸術家が定着しそうだ。
昔から画家は屋台のラーメン屋のようにな
存在でインテリや学者がする物ではない
路上旅芸人に近いそう思い続けてきた。
高いお金で売ることの出来ない負け惜しみかも
しれないが。。。。
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相笠昌義さんは新津さんが教えてくれた。
画家だ、
しかしこの画家のことで
画商とは?
と思ったことがある。
それは相笠昌義さんと面識がある
新津さんはこの絵描きさんから1万円位で絵を買い
100万円位であるお金持ちに売ったような
話をしたことがある。
絵の値段なんて解らないが
でも今はその相笠昌義さんは
かなりの値段で画壇では有名となった、
人はそのときあの画商だましたと
言うかもしれないが
その値段がいったいどうなのかは
わからない?
ペテン師とか詐欺師とか
はっきりしない素性のわからない
人に近い人と僕は思った。
でもどこにその境界線があるのか?
画商とははっきりしない
不思議な職業に今でも思えてしかたがない。
専門家ってなんだろう?
難しいことは言うが言っていることは
簡単なことが沢山ある
単に簡単なことを回りくどく難しくして
人々に言っているに過ぎないが。
ちっとも専門家ではない。
人々に解る専門家になって欲しい。
新津さんはすごく解りやすい専門家であった
と今でも思う。
人はペテン師と言うが
僕はそうは思わないし
とても解りやすい人だと自負する。
もうあれから30年が経とうとしている。
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前にも書いたが新津さんは
画商さんで
若干20歳のころ僕はお会いした。
あれから
もう30年位経ってしまった。
未だに 絵を描いていると
思い出される人ででも彼は僕のことを
覚えているかは
解らない。。。
でも赤帽をしていて岩手に行ったとき
車でこちらをずうーーーっと
車からみていた記憶がある。
この人のところで初めて個展をした、
そしてこの個展から団体や展示会にださず
一人こつこつと個展をしてきた。
あまり人から良い人とは思われていないみたいだが
ぼくには大事な方だ、
そして絵が金や名誉により汚された裏社会の産物であることも
そのままの自分をされけだして教えていただいた
ように思える。
短くは語れないが
新津さんは画商という
世界の人であることは確かだ。
またおりをみて書いてみたい。
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6月も終わりだ仕事がなく終わった、
生活はなんとか出来ているが
先行きが心配だ、
昨日は絵を運ぶ仕事をした。
東京から横浜へ行った。
前納さんて言う変わった名前の人で
まだまだ若い。
6月29日から7月5日まで
この前搬入した
横浜の元町ギャラリーで
展示される。
前納敏之 展
2009.6.29から7.5
ギャラリー元町
横浜市中区元町5-216
045-663-7565
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川口の公園でランニング姿のおにいさん発見
この公園は野球場がありサッカー
もしている。
自転車置き場にこのお兄さんがいた、
もっと近くで撮りたかったが
遠慮した。
小さなちゃりんこの曲芸みたいなことだが
音楽がスケボーみたいな音楽で
スケチャリって感じだ
でも中学生は大喜びだが
その母親は黙ってみもくれない
この人達俺より若いんだよナーーー?
僕は興味津々面白い
スケボーも音楽を聴きながらあの坂みたいをのを
行ったり来たりする。
でも
このスケチャリは平のところを曲芸する。
サーカスみたいだ
あの動く彫刻家カルダーが脳裏をよぎる。![]()
サッカーだって最初はこんなもん
でも長い歴史がオリンピックなんて詰まらないものに
なり┐(´-`)┌
本当の楽しみはどこえやら?
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電話帳の配達は随分させられた
今でも嫌だがあの時はすごく嫌だった。
絵ばかり描いていても所詮食べれないからと思い
でも絵が描きたいその毎日は今でも続いている。
杉並区はあまりしない地区だった。
やたらいらないと言われ電話帳をありがたいと
思っていないお客さんが多かった。
辛い日々が続いた。
また今日ふと日曜美術館を見た。
清宮質文さんがでていた。
そうだこの人にあの電話帳の時会ったんだ。
脳裏をよぎった
そして見ているうちに次々と彼と交わした
時間が戻ってきた。
ただ白い明るい応接室が思い出される
すごい
小さな声で静かに話すそんな記憶がある。
何回か行ったが違う人が来て
遠慮したこともある。
でも同じ木版画であることがうれしかった。
こんな有名な人とは知らなかった。
その辺が熊谷守一画伯と似ていた。
最後にもうこれで最後のような怖い顔をされた
思いがある。
うれしかったからつい行ってしまったかもしれない。
恋人に会うような気持ちがあったかも知れない。
そんな気持ちをもてる人だ。
いまでも人と合わなくて苦悩する。
絵描きとはそんな存在なのかもしれない。
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中学生のころから英語を習いなさいと言われ
高校のころも英語を習った。
2つともワンツーマンだから家庭教師で
お金もかかったけど今になってとても良かったと思っている。
だがあのころは嫌いだった。
相変わらず絵が好きで絵のことばかり
考えていた。
40年位変わらないなーと今でも思う。
変わったことはやはり英語だろう。
最近あの英検をやはり受けてみたいと思う位だ、
毎日NHKのラジオ英会話を聴こうと頑張っている。
知っていても聴くこれを目標にしている。
先日赤帽の引っ越しでオーストラリアの人と
仲良くなり英語が出来てたのしかった。
べらべらではないからまだまだだと思いながら
冗談でも彼からお褒めの言葉を頂いた。
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高校生のころかな?
あのベルナールビュッフェさんに会ったのは?
静岡に住んでいたのでビュフェ美術館には行けたと思う。
1976年開館だからちょうどそのころお会いした。
年代がはっきり自分でもわからないのが残念だけれど。
没後10年だそうだ、昨日日曜美術館で放送していた。
美術館の映像が出て来て懐かしかった。
ビュフェさんとはいったいどんな人かとよく
言われるが開館記念に会ったし日本にも
まだ慣れていなかったかもしれないが。
体は細くてまっすぐと静かに立ってお話をしていただいた。
もちろんフランス語だから何がなんだか解らなかったが
とても今のビュフェ美術館とは違い暗かった感じがした。
晩年の彼は日本をとても気にいっていていくらか
太った感じがした。
でも自殺してしまったことは
残念でしかたがない。
この前2月位か上野で夜仕事があり
夕ご飯を食べようかと思い
高そうなレストランだなーーと思い2階を見ると
ビュフェの絵が飾ってありじーーーと
見ているうちにその高そうなレストランについ入ってしまった。
気位の高そうな女性のシェフでイタリアのフィレンツエ
で修行したらしく写真が飾ってあった。
ビュフェの絵があるんですか?
と
尋ねると不思議なことに食事を格安で提供していただいた。
絵を知っていることはお金では解決できない
不思議な面があるのは絵描きの特権かな?
と思った。![]()
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unicus川越でフリーマーケット無事終わりました。
今回は売り上げは上がりませんでした。
て言うか絵の関係が0でやはり1点位は売れて欲しいですね。
伊奈町では女の子が写真を買っていただいて感動でした。
最後にブログに載っている天使の人形を残念ながらあげてしまいました。
終わろうと思って片付け始めたらやたら子供達が集まってきたので
何だろうと思っていたら子供達は人形に大騒ぎそのなかである女の子が
これが欲しいといっていたので差し上げました。
お父さんがいたのですが買ってあげる雰囲気ではなく
まーーー実はプライスが付いていないので
高いと思ったのでしょうか?
今度からプライスをつけることにした次第です。
今回は初テントでテントの中はわりとさわやかでした。
ひとりでは贅沢って感じでした。(* ̄ー ̄*)
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丸木トシ先生が絵本を描いていたのですが
あの
原爆を題材にした絵本なんですが
その絵本はクレヨンで描いたものです。
その絵本はなんで描いているのか?
お会いした時に私が尋ねた時があります。
そのときわざわざクレヨンを見せてくれました。
クレヨンは箱の中にいっぱい入っていて
この写真のように入っていたのです。
実は先生がお亡くなりになり丸木美術館に訪ねた時
その見せていただいた状態のままのクレヨンの箱が部屋に
そのまま置いてありました。
人々がそれをみても何も解らずただ僕一人でそのクレヨンの箱を
眺めていたのを思い出します。
この写真のクレヨンは実は僕のです。
これは小学生のころから僕が大事に保管している
クレヨンで未だに捨てないであります。
このクレヨンと丸木トシ先生とがだぶるのは
とても喜ばしいことです、
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●画家の言葉
『絵を描くことは、生きることに値するという人は多いが、生きることは絵を描くことに価するか。』(1923年 32才)
まったく僕も思うことだ。
でもこの考えかたを否定できない自分があるから
また描きつずけたと思う。
32歳という若さもさることながら
この時代に生きたことの切なさもあるように
思う。
悲惨な生涯何を楽しみに生きていたのか?
自分と比較するともっと苦しんだ人もいるんだなーと
思う。
すごく汚い形も洗練されてないビーズや指輪が売れていくことも
年寄りが相手だからですまされないそんな気持ちもある。
かたや利行のような人さえいる。
様々だけどいったい何が真実なのか?
に疑問を持つのは
自分だけなのだろうか?
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結局バイトも競争でバイトはなさそうだ。
渋谷行って面接して損した感じ。
忙しい人は過労死だそうだ。
片方では仕事がなく食べていけない。
自殺したり
プー太郎になっている。
僕もその一人って感じだ。
毎日仕事探し。
絵ばかり描いている。
大正時代のあの大恐慌の時に
長谷川利行という画家がいた。
画家はキャンバスや絵の具を買うだけの
お金がなく暮らしていけない程の貧乏東京の下谷にいて絵を描いた画家
だがぐちゃぐちゃの絵
とにかく人間だかなんだかわからない
その痛烈な画面が貧困の人の厳しさを表し
見ていると食いつくような悲壮感を生む。
今本当にあの大恐慌と同じだと思った。
しかしここで戦争をしてしまったら人類は終わりだろう
全員人類すべての自殺行為になってしまうだろう。
戦争が出来ない状態で生きて行く手段をこれから
模索して行かなければならない人類初めての
模索がこれから始まるのだと思う。
違った犠牲を我々はしていくのだろうか?
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コーボーさんで知った移動カフェのhidari poketさんに会ってきました。
古河市のパーマ屋さんの前で営業してます。
だから夜の3時間位しか営業してません。
以前にも移動カフェの人と知り合いになりましたが
神出鬼没なのでなかなか会えないのが現状です。
でもいろいろな喫茶店とかお店に小さなカードがあるので
会えた訳です。
さっそくデジカメ1眼で撮影Nikon Fでも撮影ながらも4枚ショット
しました。
寅さんの本とかあり自分と同じだよとかで楽しい時間を過ごしました。
ハガキサイズの絵を何枚か小さな車に飾っていただきました。
OPEN
古河駅東口より徒歩15分美容室べりべり前
火曜日19時から22時まで
金土20時から22時まで
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今日は久しぶりにハーバードのお店に行った。
その前に菖蒲町で菖蒲ではなくあやめを描いた
梅雨の時期らしく良いなーーなんて思いながら
描いていた。
あっという間に何枚か描いてしまったそのうちの1枚だ。
ハーバードのお店でまた難しい話をしてしまった。
スエーデンのイケアは父のおこずかいで息子が作った会社と言うことの
話しだがそのイケアを育てる土壌がスエーデンにはあるのでは?
と言うことだ
日本の銀行はとかく企業にお金の貸し借りだけはして貸した企業には
貸すだけで面倒はみない貸すだけではなく
その後企業と一体となって企業を盛り上げて行くだけの銀行が日本にはない。
人を育てる社会ってどうしてないのだろうか?
つねずね思うことなのだが。
人を育てる社会、そんな社会があれば失業の問題も不景気もおこらない
ように思うのだが違うのだろうか?
スエーデンではハローワークは仕事を斡旋するだけではなく
仕事ができるように国が失業者に対してどの仕事が適切か
面倒を見てまた教育や資格や技術面でのホローをしてくれると言う。
人が育てば物も生まれ経済活動も行われて行くのが道理だと思うが
どうして日本は斡旋だけして育てることに力を入れて行かないのか?
近頃失業者に新しい仕事をしてもらったとか聴くけど
人を育てる域まではやはり達してはいないみたいだ。
僕は日本をお膳立て社会と言うことにした。
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もう20年前くらいデザインの学校でポストモダンってあった。
もう新しい文化のムーブメントはおきないからあのバウハウスのような新しい形態を
呼び戻そうとそうした中でポストモダンは消えていった。
今それすら騒がれない構造になったが
このネットがジワジワと新しいムーブメントを作り出そうとしている。
その中にいるのは事実だが
さきが見えていることがまた末恐ろしい
いずれ個人の才能や個人の力や個性が失われ
美術がありきたりの物になってしまうのではないかと思ってしまう。
何故それは逆でしょう?と問うのが普通だが
人が多く意見を交わすことは逆に当たり前の理論しか生まれてこないからだ
民主主義が正しいのは人の意見が沢山あるから正しいこと
美術は個々の意見が問うてはならない個々の個性が逆に抹殺されてしまったら
作品が死んでしまうように思う。
個々の意見も問題を抱えているがここは今省略する。
僕がいつも思うのは自分の個性や作品がごく周りの人々に解ってもらうことや作品を愛して欲しいと
思うことがままあるからだ。
決して沢山の人々に愛される作品が必要とは思えないのが本音なのかもしれない。
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雨の中原宿でデザインフェスタギャラリーに行った。
参加している彫刻をしている人と会って話をしたが
テラコッタの大きな作品を作っていた。
テラコッタは彫刻の完成の手前位の大きさだが
粘土だからもろくおまけに重い
こんな重い作品を買う人がいるのだろうか?
と訪ねると黙っていた。
変わらない若い人の打算?
お金の無駄使い?
美術はこういう世界なのだろうか?
お金の無駄使いなのだろうか?
人は趣味でかたつけるが
それで良いのだろうか?
またこのデザインフェスタなる会場が
高い貸し料で作家に貸してお金をとり
作者や作家を育てると名打ってはお金を取っているとしか見えないのが
ぼくだけなのだろうか?
ルネッサンスのレオナルドダビンチもお金や資金で苦労した人だが
文芸復古と言われるが人が新しいものを得るには無駄な金となるのが
美術なのだなって思ってしまう。
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今日はバイトの登録で渋谷に行った
相変わらず早めに行って来た。
だから時間が空いたので
同潤会のアパートの跡地に出来た、
建物に行ったがここで画廊が格安みたいなので行ってみたら
そうではなく普通の画廊だった、
でも行った時には空いていなかったので
椅子に座ってこの虹を撮った。
音楽とスライドでゆっくり動かしているがサウンドスケープ
みたいで面白い以前にもこのサウンドスケープのことは
書いたけどこうやってみるとサウンドスケープが
入れられて来たことに喜びを感じた。
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フリーマーケットを終えてまた思うことがある。
絵を売ることが中学の頃からいやだった。
どうしても描いた物はただであげてしまった。
周りの人もあまり僕が中学の頃と
あまり変わらない気がする。
ただフリーマーケットをして絵を売ろうなんて
思ってもいなかったし
画家になろうと中学の頃から思っていたが
路上で売りたいと思いもしなかった。
今絵を一般のいろいろな人と向き合って
売ることにとても考えさせられたり
またやらなければと何かに押されながら
またやって見たいと思う日々が続いている。
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伊奈町でフリマ終わりました。
女の子がひまわりの写真を買ってくれてとても
うれしかったです。
写真はなかなか売れないのに売れたので大喜びでした。
午前中は日陰でしたが午後には西日で暑かったです。
川越でしない?
と隣の人に言われまだ検討中です。
なかなか絵は売れず。中国人みたいな人が買おうといいながら
辞めたと急に言って来てやはり随分ひどいなーーと思いました。
買うようなこと言って来なかったり人もいました。
商売は100円でも稼ぐのは大変です。
でも絵を売る場が今のところあるのだから
感謝しなくてはと思っています。
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タックカフェさんで置いてもらっていた
アクセサリーが売れて喜びです。
フィモという粘土で作って色を塗って作っています。
粘土と鎖のつながりの部分が弱くまた水には弱いですね、
アクセサリーといっても日常使うから
工夫をしています。
今はビーズとフィモで作った粘土とを交互に入れこんで
ネックレスを作っています。
ビーズも長いのでかぶれるようにして
手軽に首にかけれれば良いかな?
などと考えています。
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錦糸町の界隈にまた出没クレッセントって言う菅球アンプが30台位置いてある喫茶店で一休み亀戸の駅の側の住宅街にあります。パイオニアのエクセレントって言うスピーカーが置いてあって良い音で欲しいです。但し一本50万也…
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FMを聴いていたら石川五右衛門の映画を作った監督が話をしていた。
聴いていたら何か僕と似ていることを話していた。
日本は食べることに不自由はしなくなったが
お金だけでその豊かさを世界のために尽くしてはいない。
どんなことでも物ではなくお金でもない
世界貢献が必要ではないか?
と。。。。
先日の絵とお金とどちらが好きかと天秤にかけてみることと
気持ちが重なる。
若い人がそういうことを考えていることに
絶望したし。おまわりさんと呼びなさい
と言った若干30歳の警官も
似たような恐ろしさを感じる
食べる物がなくなったり
不幸な人々が増えたり
そんな世の中になって欲しくはない。
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若い女性が絵が好きだと言うしかし
お金も好きで両方だと言う
このことでとても悔しい思いをした。
お金も絵も両方なんて贅沢だと思う。
いくら夢でも将来でも絵とお金を天秤にかけるなんて
悲しかったし悔しかった
今までの自分の絵に対する気持ちを否定されたようだった。
絵は糸が会うと書くそれほど微妙なものであり
そうたやすくは出来ないもののように
思えてしかたがない
いろいろ批判はあるが
本当に物事が好きであることとは
辛いことも悔しいことも撥ね除けていくだけの
力を持って行けることだと思う。
お金とは美術とは絵とは
を考えさせる出来事だった。
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ノイエさんでの展示おわりました。
企画は面白いですが。
あまりしたくない心境です。
歳をとっても変わらない自分に飽きれて帰ってきました。
これからまたどうしようか?とも思います。
生きにくい世の中ですね、
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高頭祥八さんは癌で亡くなってからはや2.3年は経つだろうか?
今でも死んだか?
解らないなぜなら
亡くなる前に香典もらって俺はタイに行くと
言っていた。
だから死んだ真似してタイに行ったのかな?
なんて思っている。
高頭さんは以前にもこのブログで話したが
画家の丸木位里夫妻と親交があり
私は三陸で知り合った。
彼は亡くなる前日本は住みずらいと口をこぼしていた。
もっともっとアジアは住みやすい国が沢山あると。?
いかにも治安が悪いと思われがちだが日本のほうが
ずっと治安は悪いし物価も高く暮らしずらい
と言っていた。
今回の警察も私は担当ではないの一点張り
違反を取り締まるのだけであとは判子だけ押せ。
無責任極まりない。
人のせいばかり
言えばお前は馬鹿だ。。
と呼ばれ
言った者が損をする。
やはり高頭さんが正解か、
とつくずく思う。
高頭祥八
(たかとう・しょうはち 1931-2003)
1931 群馬県生まれ、舞台芸術学院卒業。
1950-80 サロン・ドートンヌ展、ル・サロン展、ボザール国際展(いずれもパリ)に入選。タイ・インディペンデント・アーチスト展(バンコク)などに招待出品。
前衛美術展、日本アンデパンダン展、第三世界とわれわれ展(いずれも東京)、アジアの中の日本展(パリ)、ジャパン・アート・ナウ(サンフランシスコ)などに出品。
1977 自ら設立した朔人社より丸木俊のチェコスロバキア画集『雁がとぶ古城』を発刊。
1978 ブレヒト作、長谷川四郎訳「子供の十字軍」原画展。
1981-89 フィリピン・CAFPA国際美術展(マニラ)、冤罪と人権展(東京・大阪・広島・仙台他)などに招待出品。
この間、写真家・東松照明展やパレスチナ総合展などを開催する。
1986 第12回人人展招待出品
1991 「子供の十字軍」絵と彫刻と版画展・ブレヒトの夕べ(小淵の森フィリア美術館)
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阿佐ヶ谷のノイエさんで18人がランダムに展示する展示会に参加します。
僕もなかなかこういう機会はなく
楽しみにしています。
今日から29日までです。
阿佐ヶ谷 neue*
展示期間 4/22-4/29
■懇親会
会期中 4/25 18:00 から出展者、neue*常連クリエーターを交えた懇親会を行います。
参加者以外の方でもお友達や
これを見て興味をもたれた方も参加OKです。
■会場のbar neue*とは??
二人のデザイナーと一人のコックが、集まり
”人を楽しませるクリエイティブとは何か?”
を考えた結果、作ったものは飲み屋でした。
普段は、ギャラリーバーとして営業、開業以来一週間ローテーションで
100人近いクリエーターの個展を行い、たまに合同展や交流会、
ワークショップなんかを行っていて、
アート、デザインの作品を軸としたコミュニケーションを日々提供できるよう
がんばっております。
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昨日は上林さんの個展のお手伝い上林さんは前に住んでいたところの近所のひとだ。
自分でも運ぶことが出来るけど僕を頼んでくれる大切なお客さんだ。
絵は抽象画で砂を使った作品で面白い、
八重洲と銀座の近くでティーボックスで開催中です。
104-0028
東京都中央区八重洲2-8-10八重洲ビル3階
03-5200-5201
上林繁展
3月23日月から3月28日土まで。
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何年か前にセブンイレブンの環境についてと言う論文があって作文みたいなそんな企画があって出してみた。絵を描くことも好きだが書くことも苦にならない創造的なことは好きだ.........
その論文の内容はトランジスタと真空管の間の子で両方で映るテレビがあったその考え方を応用して電機の力で動く車が難しいなら電機とガソリンで動くことが出来るのではないか?と書いたそれが賞をとったわけではないがその審査員のタレントの方が会いに来たそれがあのポルシェのワーゲンポルシェで独特の音だから近所の奥さんが何かと思い部屋から出て来てしまって僕は僕でなんだか解らないいったい何が起きたか?不思議だった。この変な論文を書いたのは誰なのか?調べに来たのかもしれない。そんなたわいもない経験をして4.5年が過ぎあのトヨタのハイブリットが出来た訳だ。技術より発想なのか?その発想のしかたが技術をより大きな物にしていくそんなことを思った。だが僕だけの発想だったとは今でも思っていない。
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男はすることが一つしかないけど女は沢山あると言うことを男からも女からも聴くけどそうとは思わない人もいる。
それは考え方の相違かもしれない。男は仕事しかないでも男は仕事以外に何があるのか?僕は仕事らしい仕事をしたことはないが働いてはきた。自営だから人がいっしょうけんめい勤めているのに暇な一日を長年過ごして来たいつも仕事探しだ。でも対外の男は会社勤め企業戦士だけど僕は全然違うだから男としてはダメ男と思っている。でも今の男に仕事を取ったら何があるのだろうか?仕事って何か?そういつも思う。仕事が無い男は大抵パチンコかギャンブル女とか決まっている。そんな男がかわいそうと思っても男は自分が悲しいとは思わないのかもしれないそんな話を女の人に話した後この寒いのに道路に寝ている男がいてどうしたの?と聴くと酔ったのかふらふらと大丈夫大丈夫と言って去っていった。
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先日グループ展をしてふと語り合ったことがあった子供の頃から絵が好きでそんな仲間だからやっぱ同じことを言っていた。だけど僕はもうそんなこと言いながら30年たった。子供の頃ふと絵本を見て無意識のままペンで描いていたのを今でも覚えている。キンダーブックにいたずら描きだと思う。いつも思う。絵を描いても描いてもお金にならないそんな気持ちは高校の頃からか?大学は水産学部なので絵とは全く関係ないが絵を理科的に見るそんな気持ちがある。精神的に人を救えるのではとか?思う時がある。悲しみや怒り笑いを描いて行くのではなくそう言う気持ちを和らげるて行くような気持ちになるようなそんな絵が描けたらと思っている。絵ではなくそんな画像なのだろうか?
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浦和で昔鉄琴をしている人のお母さんがいてそのお母さんが浦和の仲町で喫茶店をしていた。
ここの喫茶店は小さなスペースでなかなか僕には満足いく作品が飾れた。今は経営者が変わり彼女もうどこか解らなくなってしまった。この鉄琴が好きな若者に会いそこで芸大の話しをした。もちろん音楽なのだが、ピアノが出来ないと受からないという。でも芸大の話で鉄琴のことはあまり話してくれない。芸大なの?鉄琴なのか?どちらが本当なのか?よくわからない。芸大出れば絵でめしが食える絵や音楽で生活出来る。この定説はいつも崩れていく。
なんか?幻を追いかけているような気がした。
銀座でビトンの入り口に薔薇の絵があり写真をおさめた。芸大の人の絵なのか?そうは人は思わないでもそうかも
しれないそこを問うたところでおれには関係ねーー?そんな気持ちが一般の人々でありその気持ちよりやはりこの薔薇は良いと思った。こんな薔薇が描けたらとふと思った大事な心はここにある気がするのだがいかがな物だろうか?そうまた思い昨日グループ個展を終わった。

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古河市と境町の辺に日曜しか空いていないジャズ喫茶がある今日は久しぶりに行ってきた。マスターは僕のことはお忘れでがっかりだった大きなJBLがありアーキューフェーズとかマッキントシュなどのアンプがあり楽しい。そこで23歳の若者がいてずーーと話しをしてしまったまたブログの写真を撮ろうと思ったがこの若者との時間で暗くなってしまった。今は仕事が無く仕事探しみたいだ。意外にジャズが好きで結構アンプとかスピーカーに詳しいちょっと変わった若者で僕の若い頃を思い出しおしゃべりしてしまった。彼はあまりにも沢山のメディアがあり詰まらないと言うこのオーディオは古い世界だが深いその深さが彼は好きみたいだ。楽しむ物がなかった僕の頃とは違うと思った。お金があれば何でも楽しめる今の世界とは違うことがあの若者には新鮮なんだなーと改めて思った。
女にはわからないカメラや車オーディオなんかはおもちゃだろうと思う。でもこの世界は女がいないもてない僕らおじさんには幸せを感じてしまう。
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自分で絵を描こうと思ったのは小学生のころでアパートの5階の屋上に登り貯水塔の上から周りの風景を一枚のスケッチブックに描いてみたことからだ、そこから自分で描きたいと思った。でもあまりにも高いところで落ちたら危険なので僕の行為は危険行為でやめなさいとよく注意された今だとそうとうな危険行為だと思う、内心怖かったがいまでもその怖さが蘇るそれが僕の最初の絵を描く出発点だと思う、この頃は静岡市に引っ越したばかりで慣れていなかったのか孤独だった。静岡の子供達と東京の子の体力の差にも驚いていたし何か孤独だった。心の中で油彩画を描きたいと思ったのはもう6年生のころだった。静岡の松坂屋で父に油彩画を見せてもらった頃からだ思う。中学の時すかさず美術部に入り油絵を描き始めた。そこで50号までチャレンジした。油彩はまた描きたいと思う時があるが長い版画の中でもう20年位は描いていないと思う。
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誰しも人であれば絵は描ける猿も近いものを描くらしいが?一人一人が指紋が違うように絵も同じ物を写生してもみんな違ってくる。個性はそこに存在する。個性がないことはあり得ないここに芸術の基本的理念があると思う。個性を卓越する。って言葉があるがそれは個性をより伸ばすことそこに絵がその人個人の物から訓練によって卓越した技術を習得してさらに個性が磨かれ誰にも出来ないような個が生まれるここに藝が生まれる。個性とは個性が基本であり基本からよりすばらしい物が生まれる訳である。
個性を伸ばすことはこの卓越した技術と基本の個性が相まってこそ新しい何かが生まれる。ここに教育の大事な部分があると思う。
個性は技術とも関係し考え方や思考の方法を伸ばすためには必要である。その人個人の考え方思考の方法手段は皆違うそのやり方を大事に尊重しない限り技術は進歩しないだろう僕の周りにはそんな個性を思いながら日々の生活を考えている人はまずいない。でも個性って何か解らないまま今も時が過ぎて行くことに個人主義と言われる日本にいったい何が解っているのかと思う。何かただのわがままに思えてしかたがない。
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引っ越しの好きな人は好いがいつも引っ越しの仕事をして自分で引っ越し作業をしても引っ越すのはあまり好きではない引っ越しが好きな人もいるみたいだがいったい。。。。?と思ってしまう。┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~
個性は絵の一番大切な部分だと思う想像力も大切だがもう人が絵画の中で表現したことは無いくらい表現を開拓してしまった。だから絵の道とは個の表現に行き詰まることだと思う。
個性のない人が多く個性を育てようと教育者は言うが今は不景気だけが話題で何もあとは考えなくなってしまっただから犯罪が多発していく。行き詰まる世の中のように思う。
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今日は1週間ぶりに仕事をした。高崎市に行って来た。クレープのお店が高崎にあってそこに行ったら休みでがっかりしかたがないからカメラを見に行ったが、そこへ行くと買ってしまうからだが。ダメだった。
(´ρ`)ぽか~ん
アークカメラさんと行って最初高崎にこんなカメラ屋あんの、、て所だ。店の人と話し始めたら暗くなってしまった。
結局ニコンFレンズなしボディーのみを買って帰って来た。
ニコンF1970年に万博の年に開発された名機だこのカメラはあのスペースシャトルに乗って宇宙を旅したカメラ
ニコンF特集と言う雑誌が作られたくらいのカメラだがこういうのが出ると馬鹿高になってしまう。でも株価とデジカメの影響でアナログカメラは低迷していた。心配なのはアナログカメラがこの世からなくなってしまう時が来ると言う寂しさもあるが、、、
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11月に仕事が無くなり1週間位仕事が無く困っていたら1月にまた無くなって来た。先週はまだ正月なのでその分のがあったのか?物流が動かないことにはやはり景気は悪いと言いながら絵を運ぶ仕事が少しきている。最初は浦和のコバルトさんからやってみないか?と依頼され何となく始めたが少しずつ定着している。自分で描くのも好きだが他人が手で作った物には惹かれてしまう。浦和のコバルトさんは画材屋さんで60年代先代がアイオー。池田満寿夫。駒井哲郎。エイキュウ。を呼び世話したことが知られている。僕もお世話になり30年位のおつきあいになってしまった。
(/ ^^)/アリガトネm(_ _)m
アイオーやエイキュウは普通の人では読めない?
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今日はNTTに行って光にして来ました。6時間位いるのは僕ぐらいでしょうか?いろいろ話して帰ってきました。アイティ−企業ですね( ̄ー ̄)ニヤリ
ニフティーさんに電話しなくて好いので楽ですがニフティーさんの親切なオネーさんと話せないのがちょっぴり寂しかったですね(*´v゚*)ゞ
パソコン通信から初めて随分環境は変わりこのブログと言うものまで日夜楽しいですが。あのマックのパーフォーマーを買ってのろのろと打っていたころが懐かしいです。先日パーフォーマーのカタログが引っ越し中に見つかりブログにだそうと思いましたが。あれ?しまってしまいました。┐(´д`)┌ヤレヤレ
パーフォーマーで白黒の絵を描き始めて今やカラーで何枚も作品が出来て来ています。今度は動かしたりミニ舞台の背景にしたりと夢は広がります。
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今日gwooさんところで成田山と帝釈天と浅草寺が兄弟だと言う話をした。ある栃木の喫茶店でそんな話をされた人がいてその人は七五三をしたところがその人の神様だと言う。なじめる 神様ってあるらしいそれが浅草寺だとわかったのは成田山で僕は七五三をしたことだからだ。そんな話をgwooさんのところでした。その喫茶店はなんだか忘れられない栃木の佐野市にあると思っただがこの人は佐野厄よけに行かずわざわざ成田山に初詣に行くと言う。
あの小泉さんが成田山であるそうだ。この3兄弟は卍のマークのところで共通している。何か柳田邦男の民俗学的だ面白いある説によると卍は十字架をもじった物で隠れキリシタンではなかったか?と言う説もある。
宗教と美術はダダイズムと言うフランスの運動で切り離されてしまったと思う。宗教と美術は世界史の中で長い間密接に関係してきた。現代我々は美術と宗教を切り離して美術とは何か?を問う時が来ているようにも思うのはやっぱ僕だけかなーーー?
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安西水丸さんと鎌倉の江ノ島を散歩したのはもう随分前だけどお土産やさんが好きでお土産やさんが美術館よりも楽しいと言っていた。その時は美術を習ったことも無い人の下手な物のどこが好いのかわからなっかった。
しかし今その素朴な土産物を関心してみている。名も無き作家達のその土産物に偉大さを感じる。
安西さんがNHKに出演したときもアナウンサーを江ノ島に連れて行き見ていた。高価な美術品より土産物屋に素朴な美術品があることに気がついてもう随分の月日がたったが自分も名も無き画家であることで一人の土産物屋の作家ではないかと思い始めている。
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また歳をとってしまった。そんなことばかり考えている。絵や得体のしれない物を作っていたほうが楽しい2月にミクシーで知り合った人のところでみんなで展示をする。新しい版画の初めての公開なんだけど自分は期待してても他人はどうでも好いって感じ、こうしてただひたすら時間は過ぎて行く。正月と言っても家族がいるわけでもないから
ただ家にいるだけ元気な人は沢山お雑煮食べたりできるが自分は糖尿なので餅なんて食べれないただ暇結局絵描いたり物作ったりでも時は過ぎて行く。
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